寡黙な消防士は秘密の娘ごと、復讐を終えた妻を溺愛する
「ねぇ。なんか、焦げ臭くない?」

 近くの席に座っていた人が匂いを嗅ぎ分け、不愉快そうな声を出した直後――。

「火事だ! 逃げろ!」

 その店の近くを歩いていた男性が血相を変えて叫び声を上げた結果、フードコートはパニックに陥った。

「きゃああ!」

 人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
 火災報知器の音がけたたましく鳴り響く中、なぜか作動しないスプリンクラー。
 私は燃え盛る炎を見捉えてから、指一本すらも動かせなかった。

『私は消防士としての仕事に、誇りを持っている』

 ――すでにこの世にはいない父の姿を、思い出したからだ。
 どんなに仕事が忙しくても行事ごとになると必ず顔を出してくれる彼のことが大好きで、世界で一番尊敬していた。
 そんな自分の大切な人は、燃え盛る炎の中で息絶えた。
 ――部下の命を、救うために。

「ひ……っ」

 そこから、私の転落人生は始まった。

『希美ちゃん。好きだ。愛してる。誰よりも、何よりも……』

 大事な人の身体を焼いた火は、大嫌いだ。
 それに――あの人のことを、思い出すから……。
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