そのストーカー行為、お断りいたします!
リズリットが無意識にそんな場所があるのだろうか、と床に視線を向けた所でリズリットに話し掛けて来ていた年若い令嬢達三人は、ずいずいと更にリズリットに近付いて来る。
まるで、周囲の視線から自分達で壁を作り、リズリットを見えないように、隠すように行動する令嬢達にリズリットは恐怖を感じてしまう。
「嫌だわ、濡れ鼠なんて……リズリット嬢に失礼では無くて?」
「ふふっ、申し訳ございません。ルーシー嬢。……ですが……ほら。見て下さいませ?リズリット嬢の御髪が果実水で色濃く変色し、お顔に張り付いている様が……ふふっ」
「女性に対して鼠など……そんな事を仰っては失礼ですわ」
ふふ、くすくす、とリズリットを取り囲むようにその三名の令嬢達は周囲から向けられるリズリットへの視線を自分達の体で巧妙に隠し、心無い言葉達をリズリットに放ち続けリズリットを傷付け続ける。
「──……っ!」
何故、自分がこんなにも辱められなければいけないのか。
リズリットは羞恥心と、悔しさから自分の視界が瞬く間に滲んで来てしまい、きゅう、と唇を噛み締める。
言い返したいけど、もし果実水を掛けたのが本当にわざとでは無かったら。
折角この夜会に連れて来てくれた兄と姉に迷惑を掛けてしまう。そうなってしまうのはリズリットも避けたい事ではある。
だから、いつも通りにただ黙って令嬢達の言葉をやり過ごせば良い。
そう頭では分かっているのだが、リズリットの視界はどんどんと滲んで来てしまい、最早自分の目の前に居る令嬢達の顔すらも滲んでしまって認識する事が出来ない。
「出涸らしが、生意気にもこのような夜会に出席する事自体が恥だと思いなさい」
「精霊の力も無く、直ぐに髪の毛を乾かす事も出来ずにみっともないですわね」
「本当に、濡れ鼠と言う言葉がぴったりですわね」
嘲笑、侮辱、悪意。
その感情を真っ直ぐにぶつけられて、リズリットは耐えられ無くなり、令嬢達を押しのけてその場から走り出してしまった。
後方からは逃げ出したリズリットを更に笑う声が聞こえて来て、リズリットはそのまま流れ落ちる涙を我慢する事無く、夜会会場のフロアを泣きながら抜け出した。
◇
長い廊下が続く薄暗い場所に出て、一旦休憩が出来る部屋に入って休もう、とそのまま駆けて行く。
その場を離れてしまった事で兄や姉が心配して探しに来てしまうかもしれない。だが、あの場に残り続けるのはリズリットには耐えられない。
あの場で、兄と姉が戻って来るまで恐らくあの令嬢達はリズリットの側を離れる事は無いだろう。
もしかしたら、あの場に居続けてリズリットの兄であるハウィンツと接触を図ろうとしていたのだろうか。
何も言い返せない自分が悔しくて悔しくて、リズリットは涙で溢れる状況をそのままに廊下を駆けていく。
その道中、誰か男性から声を掛けられたような気がしたが、リズリットは立ち止まる事無く近場の空いている部屋へと入り込み、鍵を閉めて扉に凭れながらずるずるとそのまま蹲り、咽び泣いた。