サイレント&メロディアス
2.さおりさん、あなたのことを守らせてください。
10月も半ばになり、やっと東京にも秋らしい風景が現われた。
昼間でも涼しい日が続き、街路樹はオレンジや茶色など美味しそうな焼き菓子の色になり、
コンビニにはハロウィーン用のお菓子が並ぶ。さおりさんも俺も甘党なので誘惑に負けないようふたりとも必死だ。
俺は営業部員だし、さおりさんはピアニスト。見た目も大事なのだ。だが、ときどき、わざと誘惑に負ける。

今日は仕事のあと、ファミレス系のイタリアンレストランへ行くことにした。デートだ。
冬のボーナスが出るまでなるべくひかえめに過ごして、ボーナスが出たらちょっとだけ贅沢をしようと思う。
さおりさんも俺も将来は子供が欲しいと思っているので出費はひかえめに。だから、今日は久しぶりの外デート。
わざわざ会社によそいきのネクタイを持っていったら目ざとい同期に見つかった。からかわれたので「早く良いひと見つけろよ」と言ったら軽く腹パンされた。なんて乱暴な。さおりさんの俺に。
待ち合わせは19時。さおりさんが勤める音楽教室のある駅から急行で2駅のところに集合。何だか雨が降りそうな天気だな。夜空が暗い。朝、さおりさんに傘を持たせておいてよかった。
(あ)

満員電車の入り口付近にさおりさんを発見した。小柄なので人ごみに埋まっているが、あの癒し系の輝きは確実にさおりさんだ。
オレンジ色のリュックサックを背負い、右手に桜色の傘を下げ、文庫本を開いている。千代紙のような見た目のカバーをした本を。
(やった。さおりさんと同じ電車に乗れた)
俺は心の中で小さくガッツポーズをする、が、顔には出さない。クールなので出ない。
(もうさおりさんに会えるなんてラッキーだ。もうちょっとそばに行けたら良いのに)
メッセージを送りたい気もするが、文庫本を広げているさおりさんの邪魔をしたくない。今、読んでるのって俺が貸した本かな? だとしたら嬉しいな。
と、

(なんだ? あの男)
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