顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
「……そっか。まだ俺の努力が足りなかったってことか」
「え?」
「でもね、千代ちゃん。俺って実はそんなにあっさり離れてあげるほどできた男じゃないんだよね」
「どういう意味ですか?」
先ほどの怒りにも似た冨羽さんの様子に、私は首を傾げた。
いつもの優しい雰囲気が、少しずつ消えていってしまっているように感じる。
「千代ちゃんの本音を聞き出すまで、俺は諦めないからねってこと」
「もう、きっと会うこともありません」
「いいや、俺たちはまた会うよ」
「あ、会いません!だって私に婚約者がいるように、冨羽さんにだってちゃんと婚約者さんがいるんでしょう!?それに、すごく愛していらっしゃるじゃないですか!それなのに、どうやって会うって言うんですか!?そんなふうに、変に期待を持たせるようなこと言わないで……っ」
最後の一言は失言だったかもしれない。
けれどそんなことを考える余裕もないくらい、涙が溢れて止まらない。
……あぁ、これもきっと彼と出会ったせいだ。
今までの私は、どれだけつらいことがあっても涙なんて見せなかった。
泣いたところでどうにもならないと言うことを、幼いときに学んでいたから。
どれだけ泣いても、お母さんが家に戻ってくることはなかった。
どれだけ頼み込んでみても、願いが叶うことなんて一度もなかった。
「……一ヶ月間、本当にありがとうございました」
そう言って、私はこの家を出た──。
同居生活に、終止符が打たれた日。
「千代ちゃん、でも俺は諦めないよ」