顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
***
「とんだ不良娘になったもんだな」
「……」
「まぁでも、今日の顔合わせの日にちゃんと自分から出席したことだけは褒めてやらんとな」
「……」
「言っておくけどな、千代。お前にとってあの結婚相手は最高の相手なんだぞ?昨日だって連絡があって、お前のことは一生守るとわざわざ電話を下さったんだぞ?今時そんな男は滅多にいないんだからな?贅沢だぞお前は」
「……」
「だから恥をかく前にちゃんと釣書くらい読んでおいたらどうだ?」
顔合わせの当日、会場となる老舗の食事処に入りながら、私は父の言うことを全て無視してひたすら案内されるがまま歩いている。
今日私がここへ来たのは、父の予定通り結婚を前提とした顔合わせに参加するためじゃない。
相手がどんな人であろうと、私はもう覚悟を決めている。
それは、はっきりと自分の口で〝本音〟を言うこと。
冨羽さんが莉亜さんに堂々と言っていたように、私にも好きな人がいることを全員に知ってもらうために、私は今、静かに顔合わせの会場へと向かっている。
集まってくれた相手方には本当に申し訳ないと思う。
けれど、これ以上自分を偽って生きていくのはもう懲り懲りだ。
私の人生は私のものだ。
例え愛する人と結ばれなくとも、これからの人生は全部自分で決断して歩んでいく。
そう心に決めたから──。
「お席はこちらでございます」
「あぁ、どうも」
「お相手様はすでに到着されておりますので、どうぞごゆるりと楽しまれてくださいませ」
お店の案内人に部屋まで連れて来てもらったところで、私のふぅっと息を吐いて自分を落ち着かせる。
今までずっと内に秘めていた自分の意思を、まさかこのような場で伝えることになるとは思ってもいなかった。
「いいな、千代。きちんと挨拶するんだぞ?粗相のないようにな?」
振り向きざまにそう言った父は、そっと個室の扉を開けて一人ずつ挨拶を交わしていく。
そして中へ入ると、私をそっと手招きして呼び寄せる。
指先が冷たい。
心臓の音が外まで聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいにバクバクと激しく高鳴っている。
「(……怖気付いちゃダメ。ここでちゃんと言わないと、私は一生このままだ)」
落ち着け、頑張れ、と何度も自分を鼓舞した。
そして勢いよく個室の扉を開け放って、目を瞑ったまま大きく息を吸い込んで言葉を吐き出す。