顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
「──と、突然申し訳ございません!今日はせっかくお集まりいただたところ大変恐縮ではございますが、私には好きな人がいます!人生で初めて、愛という感情を教えてくれた相手がいます!その人は私に、いろんなことを経験させてくれました!楽しい気持ち、あたたかい気持ち、安心や心地よさといった意味をたくさん教えてもらったんです!彼と結ばれることはないですが、私はこれから先一人でもまだまだいろんな経験をしていきたいと思っております!だから、この度は本当に申し訳ございませんが、結婚の話は──……」
〝結婚の話は白紙にしていただければと思います!〟
そう、最後に言おうともう一度大きく息を吸い込んだときだった。
「──それが千代ちゃんの本音ってことで受け取ってもいい?」
「……え?」
耳によく馴染む低音が、私の元へ届いた。
この場所で聞けるはずのない、あの声が。
「目、開けてよ千代ちゃん」
夢だと思った。
実家に帰ってからずっとこのシーンを何度もシミュレーションしていたから、もしかするとまだ夢の中なのかもしれない。
「……夢?」
だって、夢の中じゃないともう一生聞けない声だから。
こんなにも近くで、聞けるはずがないのだから──。
「ははっ!夢じゃないから。ちゃんと俺を見てよ」
けれど、その笑い声を聞いた途端、頭で理解するよりも先に涙がこぼれ落ちた。
声だけで想像できてしまう、あの人懐っこい笑みがもう一度見たくて、ゆっくりと目を開くと、相手側の席に座っていたのは彼だった。