顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
「どう、して?」
「ずっと黙っていてごめんね。君の婚約者は俺で、俺の婚約者は最初から千代ちゃんなんだよ」
「……どういう、こと?」
目の前に座っている冨羽さんは、意味の分からないことを言う。
私の婚約者が冨羽さんで、冨羽さんの婚約者が私だってこと?
そんなはず──……。
「とりあえず場所を変えようか。俺の両親も、君とお父様もポカンとしちゃってるからさ」
もう一生会えないと思っていた人が、目の前にいることがどうしても現実だとは思えない。
それでも「行くよ」と言って手を引いてくれたそのぬくもりが、声が、忘れることのできない愛しい人のものだったから、私は涙を拭って何度も彼の背中を凝視した。
「ここなら人気もないはずだよ」
冨羽さんは私をお店の外へ連れ出して、近くにあったベンチに座るよう促した。
「ずっと黙っていてごめんね。実は俺の婚約者が千代ちゃんだってことはずっと前から聞かされてたんだよ」
「そんな……っ!じゃあどうして言ってくれなかったんですか?」
「千代ちゃんも相手が俺だってことを分かっていててっきり俺のバーに来てくれたのかな、とも思ったのだけど、どうやら千代ちゃん俺のこと知らない様子だったし、お酒を飲みながらずっと結婚なんて死んでもしないって言ってたから、どうしても言い出せなくて……」
それは、冨羽さんが隠していた秘密の話。
私が婚約者がいることを隠して彼と一緒に一ヶ月という期間を過ごしたように、冨羽さんにもまた私と同じように秘密を持っていた。