恋愛未経験な恋愛小説家の私を、何故か担当さんが溺愛してきます!?
「私、琴葉先生の大ファンなんですよ」
「えっ」
急に何を言い出すのかと、私は俯いてマドレーヌを見つめていた顔を思わず上げる。
「編集としてまだ未熟なときに琴葉先生の作品に出逢いまして」
氷上さんは少し照れくさそうにそう話し始める。
「『強くなった未来の私へ』」
氷上さんは鞄から一冊の文庫本を取り出し、そのタイトルを口にする。本の表紙を私の方へ見せるとにこりと笑った。
それは私が若い頃に書いた青春小説だった。
まさか自分の昔の本を持ち歩いている人がいるなんて思わなかった私は、恥ずかしくてまた俯いてしまう。
「も、持ち歩いているんですか……?」
「ええ、私はこの作品が大好きで。私のバイブルみたいなものです」
「え……?」
拙作『強くなった未来の私へ』は、比較的学生や若い子をターゲットとして書いた作品だった。
氷上さんのように仕事も私生活も上手くいっていそうな社会人男性に響くことなんて書いただろうか……。
私の心の内の疑問に答えるように、氷上さんは話す。
「この業界に入ったばかりの頃は、もちろん編集の仕事なんて全くわからなくて、担当作家さんにもかなり迷惑を掛けたと思います。そんなときに本屋さんでふと目に付いたのが、琴葉先生の書いた『強くなった未来の私へ』でした」
氷上さんは私の出した紅茶を一口口に含んで、「うん、美味しい」と言って話し続ける。
「この作品は、主に学生や若い子向けだとは思うのですが、社会人の私にも刺さるものがありました。『がんばりすぎなくていい、あなたはあなたのペースで進めばいい』。そんな主人公の言葉が、私の心をすっと軽くしてくれたんです」
氷上さんは文庫本の表紙を撫でながら、穏やかに微笑む。
「誰だって最初はみんな素人です。できないことが当たり前です。それなのに私は、早く一人前にならなくてはいけないと焦っていたんです。それを貴女の作品が気付かせてくれた。自分のペースでいい。その言葉を胸に今も編集として私のペースで、私のやりかたで、全力で作家さんと向き合っています」
氷上さんの言葉に照れながらも、私は小さく頭を下げた。