呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします～毒花の王女は翳りに咲く～

Prologue

毒花と呼ばれた、孤独な姫君

──空の色は金と朱を混ぜた初秋の黄昏どき。

　齢十二歳の王女ベルティーナは、赤砂岩の柵に囲まれた庭園に立ち、空を見上げて一つため息をついた。そんな彼女の肩には小ぶりなカラスがとまり、同じように夕暮れ迫る空を眺めている。

「怪我も治ったし、骨に異常はない。もう飛べるはずよ。ほら、家族の元へ帰りなさい」

　ベルティーナはまるで感情のこもらない口調で語りかけると、カラスは首を捻って彼女をじっと見つめた。

　ことの発端は、つい一週間ほど前に遡る。

　薬草畑の手入れのさなか、庭園の隅に真っ黒なカラスが大怪我を負って倒れていた。

　カラスは忌まわしい〝魔性の者〟と繋がるとされる不吉な鳥。触れるべきではないと分かっていたが、ベルティーナは気まぐれで怪我の処置を行った。

　生きているのに見捨てるのも、いかがなものかと思った部分もあっただろう。

　なにしろ自分は薬草学に長けているのだ。
　怪我の状態を見る限り、容易く治せると踏めた。だからこそ処置したが……感情が乏しいベルティーナでさえ驚くほどに、べったりと懐かれてしまったのだ。

　そうして今も……カラスはベルティーナの肩にとまり、頬に擦り寄っている。少しばかり煙たく思えて、ベルティーナは目を細め、また一つため息をこぼす。

「ほら、行くのよ。いくらあなたが魔性の者たちに通じる者だとしても、呪われた王女の傍になんて居ない方がいいわ」

　少しばかり煩わしそうに肩を揺らせば、カラスは弱々しく鳴き、名残惜しそうに黄昏の空へ飛び立っていった。

　戻ってくるなら叱らねばならないだろう。
　ベルティーナは飛び立つカラスを見張るように睨みつける。だが、カラスは段々と遠のき、空の彼方の黒い点となる。
　ベルティーナはほっと胸を撫で下ろすが、彼女の表情は冴えないものだった。

「寂しくなるわね。少しだけ楽しい一週間だったけれど……」

　──また独りぼっちね。
　そう独りごちた、ベルティーナは肩を落とした。

　ベルティーナは〝王女〟と呼ばれる身分でありながら、呪いのため王城の門をくぐることを禁じられていた。
　だからこそ、彼女は王城の片隅に広がる花咲く庭園で、老賢女に育てられてきたのである。
　豊かな緑に囲まれ暮らす素朴な日々だったが、彼女の心はどこか冷たく閉ざされていた。