呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 けれど、その賢女が静かにこの世を去ったのは、ほんの数日前。彼女の柔らかな声も、穏やかで静かな眼差しも、もう二度と戻らない。
 これから先、「迎えが来る」という遠い約束を胸に、ベルティーナはただ一人、庭園の静寂に身を委ねるしかなかった。

 ベルティーナの住まう王城、ヴェルメブルク城は切り立った丘の上にあった。

 赤砂岩でできた頑強なこの城は数世紀も昔からあるそうで、幾度もの戦火に耐え、壊れるたびに修復し、城主が変わるごとに新しい部位を築いてきたそうだ。

 この庭園は二世紀も昔、花を愛する王妃のために築かれたらしい。

 庭園を囲う柵の下を見下ろせば、まるで外界との接触を拒むように断崖絶壁に面していた。

 遠くに見える丘陵には、幾列にも連なる緑の葡萄畑。その麓を麗らかに流れる川のそばには、赤茶色の屋根がごちゃごちゃとひしめいている……そんな景色を眺めては、なんとも窮屈な世界なのだろうと彼女は思い続けた。

 しかし、孤独な彼女からすれば、当然のように羨望もあった。
 その理由は今の時刻、夕刻ごろ。それもこんな澄み切った晴れの日。毎日のように下界から子どもたちのはしゃぐ声が、ベルティーナのいる庭園まで響いてくるのだから……。

 今日も今日とて、明るい笑い声が幾つも響いてくる。ベルティーナは柵に頬杖をつき、下界の橋に目をやった。

 赤砂岩の橋の上、数人の子どもたちがふざけ合って橋を渡っている。
 さらには、手を繋いだ親子の姿もある。顔も見えない遠くの彼らを見つめたベルティーナは、妬ましそうに目を細める。

 物心ついたときから監禁状態の生活だ。こんな情景は腐るほど見てきたので、なんとも思ったことはなかったのに……賢女を亡くしてからは、ひどく侘しく感じてしまうのだった。

(家族がいるって、友達がいるって……とても羨ましいわ。だけど私は……)

 心の中でぽつりと呟いた途端、眦に涙が滲む。

 だが、そのとき──
「寂しいときほど、小賢しいくらいに聡くありなさい」
 今際のときに賢女が告げた言葉を思い出し、ベルティーナは眦に滲んだ涙を振り払うように首を振るう。

 ***

 南西の王国ヴェルメブルク。
 絶対君主のその国は、略奪と侵略を繰り返し、近隣の小国を吸収しては年々領地を広げていた。すなわち、繰り広げた戦争で領地を拡大し、栄えた国である。

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