呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~

第29話 闇の双眸に映る毒の茨

 その後、ハンナに連れられて、ベルティーナは自室へと戻った。
 確かにこの二週間ほどは働きっぱなしだっただろう。

 別に無理なんてしていなかったが……休んで良いと分かると、自然と身体が重たくなるもので、早々に湯浴みを済ませて戻ってきた。
 とはいえ、寝るにはまだ早い。漆黒のナイトドレスを纏ったベルティーナは、ソファに項垂れて読書を始めた。

 しかし、やはり疲労のせいか瞼が重かった。ベッドに行くべきだろう、と思うものだが、どうにもそんな気力も湧かず、ベルティーナは本を抱えたままソファの上で船を漕ぎ、そのまま眠りに落ちた。

 ***

 それからしばらく。意識が薄れつつある頃、誰かが自分を呼ぶ声を聞いた。
 しかし、何を言っているのかは、はっきりと聞き取れない。

 ──何事か。
 ベルティーナは瞼を持ち上げるが、そこは自分の部屋とは違う場所。真っ暗な闇に閉ざされた世界だった。

 いや、瞼を開けたにもかかわらず、まだ目を閉じているような気がして仕方ない。しかし、瞼を何度持ち上げようが、それは変わらなかった。

(何よ、これ。夢かしら?)

 ベルティーナは唇をへの字に曲げ、舌打ちを入れる。

 当然のように不安に思う。だが、ここで取り乱してしまえば、冷静さを失うなんて考えずとも分かるもので、ベルティーナは取り繕うように腹を立てて、もう一つ舌打ちした。

 その間も、誰かが自分を呼んでいる声がした。しかし、相変わらず何を言っているかは分からない。

「誰?」

 毅然としてベルティーナが()けば、その声はぴたりと止まった。
 だが、一拍も経たぬうちに──

「ああ……やっと来たのね?」

 静謐の中に少しばかり高慢そうな声が、降り注ぐように落ちてきたのだ。

 声は明らかに聞き覚えのあるものだった。いや、聞き間違えるわけがないだろう。その声は自分自身とまったく同じ声なのだから……。

 ──まさか。これが、ハンナの言った自己幻視(ドッペルゲンガー)か。

 ベルティーナは一歩後ずさりした。しかし、胸の紋様だって今は熱くなかった。
 こんな前触れもなく訪れるものなのか……。
 そうは思うが、どうすれば良いかも分からない。もう最初からそういう運命なのだから、抗うことなく受け入れる他はないと思えるものだが……それでもベルティーナは戸惑いを覚えた。

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