森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
 ふたりが積極的に舌を絡め合っているシーンが頭から離れない。心を許し愛し合う者同士の口づけだ。自分もあんなふうに求められてみたい。そう思ってみるものの、目の前にいるジークヴァルトはやけに遠くに感じられた。神殿で交わした口づけが、幻だったようにさえ思えてくる。

 あまりにもじっと見ていたからだろうか。根負けしたようにジークヴァルトがこちらを向いた。

「どうした?」
「わたくし、ヴァルト様にく――……」

 口づけて欲しい。そう言いそうになって、リーゼロッテははっと我に返った。

「く? なんだ?」
「く、く、クッキーを食べさせて、ほしいかなぁ、なんて」

 おもむろに紙の束を手放し奥に置かれたバスケットから、ジークヴァルトはクッキーを一枚差し出してきた。あーんと口に詰め込まれ、もごもごと咀嚼(そしゃく)する。土壇場(どたんば)(おく)してしまった。あのまま勢いで言っていれば、キスだってできたかもしれないのに。

(もう、なんでごまかしちゃったのよ)

 自分のへたれ加減が情けなくて、リーゼロッテは無意識にぷくと頬を膨らませた。
 膨らんだ頬にジークヴァルトは片手を伸ばしてきた。長い指で挟まれて、ぷすりと空気が口から漏れて出る。

「どうした? まずかったのか?」
「ひえ、おいひかったでふわ」

 むにと不細工顔のまま上向かされて、いつだかもこうされたなとそんなことを思い出した。そう、あれは十五の誕生日直前の、ピクニックに行った日のことだ。馬に乗せられ、花畑で探り探り会話をしたように思う。あの頃はまだジークヴァルトと打ち解け切れていなかった。

「そういえばヴァルト様……ピクニックの時はなぜ来られたのですか?」
「ピクニック?」
「二年前の夏、ダーミッシュ領に突然いらっしゃいましたでしょう?」

 記憶を辿るようにジークヴァルトは視線をさまよわせた。スケジュールぎちぎちで無駄を嫌うジークヴァルトが、必要もなしにやってくるなど今思うと奇妙に感じられた。

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