森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
 手を取られたまま、湖に向けて並び立った。風もない湖面が、雪の森を鏡のように映している。逆さに映った木々はグラデーションを描き、目を凝らしても水面と森の境目はよく分からない。

 湖のほとりから細い桟橋がまっすぐに伸びている。橋の根元にいたシンシアが、確認するようにこちらを振り向いた。

「では始めるわ」

 その言葉に頷いた。いよいよ神事が始まるのだ。王から(めい)を受けた重要な責務に、リーゼロッテの胸は緊張で高鳴った。

 シンシアが湖に向き直ると、白いローブの両手を広げ、ひと呼吸ののち開始の祝詞(のりと)が告げられる。

「泉に眠りし青龍の御霊(みたま)よ。(いにしえ)より引き継ぎし宿世(すくせ)の鈴を鳴らす。シネヴァの守人(もりびと)たる我が言霊(ことだま)を聞け」

 りぃいん……と涼やかな音が、どこからともなく耳に届いた。近づいては遠のく鈴の()は、風に乗るように出所がつかめない。

 途切れることのない音を背に、シンシアは桟橋を渡って湖の中ほどへと歩いていった。橋の先端は水面(みなも)へと沈んでいて、その水際(みずぎわ)でシンシアは歩みを止める。

「神聖なる我が名において、ザスとメアの契りの(ゆる)しを今ここに(こいねが)う」

 シンシアは舞うようにさらに一歩を踏み出した。触れた素足の指先が、鏡の湖面に丸い波紋を広げていく。極寒の湖にいくつも波紋を落としながら、シンシアは沈むことなく水上を進んだ。重なる波紋はやがてさざ波となって、まばゆい光を放ち出す。

「綺麗……」

 おとぎ話の世界に迷いこんだ気分だ。幻想的な光景を前に、リーゼロッテはただ目を奪われた。

 水上にひとり立つシンシアを中心に、湖全体が光に飲まれていく。輝きが増していく中、指を重ね合わせた両手を(かか)げ、天に向かって言葉を紡ぐ。

断鎖(だんさ)を背負う青き者、(たて)(けが)れを(はら)う者、いつか果たすベき託宣の(あかし)を、改めてここに書き記す。この歌声が届いたならば、そのしるし、青龍の血潮(ちしお)を我が手の中に分け与えよ」

 広げた腕の手首を大きく返す。その瞬間、左右の湖面が(うず)を作った。中心を沈ませながら、急激に水は捻じれを増していく。振り下ろされた手の動きと連動するように、ふたつの渦から光る何かが飛び出した。

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