森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
「あああっ、奥様っ、今日も馬車に酔われてしまったのですね……! なんとお詫びしたらいいのかっ」
「いや、問題ない。すぐに落ち着く」

 もう居たたまれなさすぎて、御者のおじさんの顔が見られない。服は脱がされはしなかったが、べろんべろんに舐められた胸元の布地はいまだじっとりと湿ったままだ。

(最後の方は絶対にキスってレベルじゃなかった)

 確かに指でどうこうはされなかったが、結局口だけであんあん言わされてしまった。頬を限界まで膨らませながら、シミになった服に気づかれないよう、ジークヴァルトの胸にしがみつく。宿の部屋に入るなり身構えた。昨日のような展開はなんとしても阻止しなければ。
 しかしリーゼロッテが降ろされたのは、寝台ではなくソファの上だった。

「ここで待っていろ。前もってオレの守り石が施してある。絶対に部屋からは出るなよ」
「ジークヴァルト様はどちらに?」
「旅の行程の打ち合わせだ。遅くなるようなら先に寝ていろ」

 頭をひと撫ですると、ジークヴァルトは部屋を出て行った。かと思ったら、閉じかけていた扉が再び開く。

「どうかなさいましたか?」
「忘れ物だ」

 何事かと思って駆け寄ると、前かがみになったジークヴァルトにいきなり唇を奪われた。肩に手をかけられたまま、両手がぴーんと張ってしまう。名残惜しそうにちゅっと啄むと、ジークヴァルトはすぐに身を起こした。

「いってくる」
「……いってらっしゃいませ」

 ぱたんと閉められた扉の前で、リーゼロッテはしばらく立ちつくしていた。今、鏡を見たら、顔が真っ赤になっていることだろう。収まらない動悸に、はくはくと浅い呼吸を繰り返す。

「あの、奥様……」
「は、はいっ」

 遠慮がちにかけられた声に、思わずびくりとしてしまった。振り向くと世話係の女性が、生温かい目をして(たたず)んでいた。ずっとこの部屋にいたのだろうか。今の場面を見られていたということだ。

「湯あみの準備ができておりますが、いかがなさいますか? 先にお食事にすることもできますが」
「え、ええ、そうね。先に汗を流したいわ」
「かしこまりました」

 思わずシミだらけの胸元を両手で隠した。生温かい目は継続中だ。すべてもろバレているようで、涙目になりながらリーゼロッテは湯殿に向かった。

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