森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
「ありがとうエラ、もう少し湯に(つか)かっていてもいいかしら?」
「何かあったらすぐお呼びくださいね。ガウンをこちらに置いておきますから、湯から出たらすぐに羽織ってください」

 春めいてきたとはいえ、まだまだ湯冷めしやすい時期だ。頷いてリーゼロッテは首元まで体を湯に沈めた。

「はぁ、気持ちいい」

 広い浴槽で足を延ばしてくつろいだ。この世界は日本のように湯に浸かる習慣があって、本当によかったと思うリーゼロッテだ。

「なんて贅沢(ぜいたく)なのかしら……」

 囚われの身となった時、リーゼロッテは痛切に感じた。当然のように過ごしていた日常は、多くの人間に手により支えられていたのだと。

「ありがとうの反対の言葉は当たり前、か……」

 いつか日本で聞いた知識がふと思い出された。有難(ありがた)いと漢字で書くと、その意味にも納得がいく。

「わたしは誰かに何かをしてあげられるのかしら……」

 こんな贅沢な暮らしが送れているのは、リーゼロッテが伯爵令嬢の立場だからだ。義父のフーゴがいて、公爵であるジークヴァルトの婚約者であるからこそ、享受できる待遇だった。

(わたし個人として、いる意味はある?)

 ふとそんなことを考えた。大好きな人達のために、何か役に立つことができたなら。

 一度エラにして欲しいことはないかと聞いてみた。お嬢様が笑ってくださるだけでエラはしあわせです。そんな答えが返ってきただけで、結局は何もかも任せきりだ。

 ちゃぷりと湯をかき混ぜる。抱えた膝に頭を乗せて、リーゼロッテはとりとめもなく考え込んでいた。

 のぼせる前に上がらなければ。そう思ったとき、いきなり全身に鳥肌が立った。
 あたたかい風呂にいるはずなのに、芯の奥まで一気に冷える。ぞくりと波立つ異変を感じながら、リーゼロッテは揺れる湯面に視線を向けた。

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