森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
離れた場所に、泡がこぽりと浮き上がった。ひとつ、ふたつとその数は増えていく。同時に透明なはずの湯が、どす黒い色へと変化した。
咄嗟に湯船を立ち上がった。こぽこぽと湧き続ける泡を見やりながら、置かれたガウンを後ろ手に探す。掴んだガウンで前を隠しながら、後ずさるように浴槽を出た。
泡の中心から何かがせり上がってくる。その黒い塊は、すぅっと水面から顔を覗かせた。頬に黒髪を張り付かせ、異形の女はリーゼロッテをうつろな瞳で凝視する。
「……――っ!」
恐怖で悲鳴すら出なかった。這い出すように女が手を伸ばしてくる。助けを呼ぼうにも声にならない。戦慄きながら下がった足が、桶に取られて転びそうになった。
その瞬間、支えられた体がふわりと青の波動に包まれた。リーゼロッテを抱き寄せながら、ジークヴァルトが女に向かって力を放つ。
咆哮を残し、女の気配が掻き消える。重苦しかった空気が軽くなり、リーゼロッテは早い呼吸を繰り返した。
「ジークヴァルト様……」
放心したまま名を呼んだ。どす黒かった浴槽も、無色透明に戻っている。確かめるように湯に浸けると、ジークヴァルトはすぐにその手を引き上げた。
「もう入っても大丈夫だぞ」
「え、ですが……」
大丈夫だと言われても、異形が湧き出た湯船など再び入る勇気はない。震える体を小さくしながら、リーゼロッテは無意識のままジークヴァルトに身を寄せた。
「怖いのか? なんなら一緒に入ってやるが?」
「え……?」
支えていた手のひらが、腰の曲線をわずかになぞった。見上げるとジークヴァルトの視線は下に向けられている。はっと自分の姿を確かめた。
濡れそぼった体。首筋にはおくれ毛が一筋張りついている。抱えたガウンで前だけはかろうじて隠れているが、背中もおしりも丸出しだ。
「うっきゃあぁあっ!」
奇声を上げて、湯船へどぼんと飛び込んだ。盛大に水柱が立ち昇り、あたりにもうもうと湯けむりが広がっていく。
「今、侍女を呼んでくる」
ふっと笑うとジークヴァルトは浴室を出ていった。
身を抱きしめたままリーゼロッテは、口までつかった湯の中で、ぶくぶくと泡を吐き続けたのだった。
咄嗟に湯船を立ち上がった。こぽこぽと湧き続ける泡を見やりながら、置かれたガウンを後ろ手に探す。掴んだガウンで前を隠しながら、後ずさるように浴槽を出た。
泡の中心から何かがせり上がってくる。その黒い塊は、すぅっと水面から顔を覗かせた。頬に黒髪を張り付かせ、異形の女はリーゼロッテをうつろな瞳で凝視する。
「……――っ!」
恐怖で悲鳴すら出なかった。這い出すように女が手を伸ばしてくる。助けを呼ぼうにも声にならない。戦慄きながら下がった足が、桶に取られて転びそうになった。
その瞬間、支えられた体がふわりと青の波動に包まれた。リーゼロッテを抱き寄せながら、ジークヴァルトが女に向かって力を放つ。
咆哮を残し、女の気配が掻き消える。重苦しかった空気が軽くなり、リーゼロッテは早い呼吸を繰り返した。
「ジークヴァルト様……」
放心したまま名を呼んだ。どす黒かった浴槽も、無色透明に戻っている。確かめるように湯に浸けると、ジークヴァルトはすぐにその手を引き上げた。
「もう入っても大丈夫だぞ」
「え、ですが……」
大丈夫だと言われても、異形が湧き出た湯船など再び入る勇気はない。震える体を小さくしながら、リーゼロッテは無意識のままジークヴァルトに身を寄せた。
「怖いのか? なんなら一緒に入ってやるが?」
「え……?」
支えていた手のひらが、腰の曲線をわずかになぞった。見上げるとジークヴァルトの視線は下に向けられている。はっと自分の姿を確かめた。
濡れそぼった体。首筋にはおくれ毛が一筋張りついている。抱えたガウンで前だけはかろうじて隠れているが、背中もおしりも丸出しだ。
「うっきゃあぁあっ!」
奇声を上げて、湯船へどぼんと飛び込んだ。盛大に水柱が立ち昇り、あたりにもうもうと湯けむりが広がっていく。
「今、侍女を呼んでくる」
ふっと笑うとジークヴァルトは浴室を出ていった。
身を抱きしめたままリーゼロッテは、口までつかった湯の中で、ぶくぶくと泡を吐き続けたのだった。