森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
 部屋に戻ってきてからずっと物憂(ものう)げなリーゼロッテに、エラは遠慮がちに声をかけた。

「お嬢様……公爵様と何かございましたか?」
「ジークヴァルト様がちっとも歩かせてくださらなくて」
「まぁ、そうでございましたか」

 公爵家でもリーゼロッテが運ばれるのは、当たり前のようになってきている。戻ってきた時の憔悴(しょうすい)しきったリーゼロッテを目にしたエラとしては、ジークヴァルトの気持ちが痛いほどよく分かった。

 やせ細った体。無残に切られた髪。痛々しい手足のあかぎれ。

 無事に帰還したとは言い難い姿を見た時、エラは心臓が止まるかと思った。

 今でこそ回復してきているが、やはり以前のはつらつとした姿には程遠い。儚げに瞳を伏せるリーゼロッテを前に、エラ自身、叶う事ならこのままどこにも行かないで欲しいと願ってしまう。

 リーゼロッテの髪をブラシで梳く。不揃いだった髪は肩口で切りそろえられ、美しく腰まで伸びた髪は随分と短くなってしまった。

 一体何があったのか、リーゼロッテは言葉少なく話してくれた。龍に目隠しをされるとかで、うまく説明できないようだった。
 つらくひどい境遇だったが、リーゼロッテの瞳の輝きは失われていない。その事だけが唯一の救いだ。リーゼロッテはどんなことになろうとリーゼロッテだ。この方に生涯尽くしていこうと、エラは改めて胸に誓った。

「わたくし、東宮にいた頃みたいに、きちんと体を動かしたいのだけれど」
「今はまだご無理をなさらない方が。少しずつやって参りましょう」
「そうね……でもこの部屋以外、どこも歩けないのは問題だわ。ヴァルト様を説得するいい方法はないかしら?」
「そうでございますね……」

 小首をかしげるリーゼロッテを前に、エラも考えを巡らせる。公爵は心配で心配で仕方がないのだろう。だがエラとしてはリーゼロッテの気持ちが最優先だ。

「一緒にお出かけしたいとお願いするのはいかがでしょう? 貴族街でお買い物でもいいですし、もう少し暖かくなったら公爵領を散策なさっても」
「それはいい考えね! でもヴァルト様はお忙しいし……」
「お嬢様のためならお時間をとってくださいますよ。公爵様も働きすぎのように思います。(かえ)っていい息抜きになられるのでは?」
「だったら何かお願いしてみようかしら」
「そう言えば、公爵様は近衛騎士の訓練に復帰なさるようですね」

 謹慎が解けて、王城の出仕も再開されると聞いた。それに先立って近衛第一隊の訓練に顔を出すことになったらしい。

「訓練を見学したいとお願いなさってみては?」
「わたくし前から一度見学してみたかったの! 思い切ってお願いしてみようかしら」

 リーゼロッテは花が(ほころ)ぶような笑顔を見せた。この笑顔のためなら何でもしたい。そう思うエラだった。


 リーゼロッテの可愛いおねだりに、ジークヴァルトはしぶしぶ了承し、数日後に王城へとでかけることになったのだった。

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