森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
(なんて言うか、慣れって怖いわね……)

 準備の合間を縫って、今はジークヴァルトとティータイム中だ。膝に乗せられあーんをされる。こんなやり取りを使用人に見られても、もはや恥ずかしさを感じない。

 出発の日が迫る中、ジークヴァルトは普段以上に忙しそうにしている。何しろ領主が長期間屋敷を離れるのだ。今のうちにやれるだけのことはやっておけとのマテアスの指令らしかった。

 シネヴァの森に向かうにあたり吉方位があるとかで、進む方角や滞在日数も事細かに決められている。行って帰って一か月はかかる長旅なので、マテアスの言い分も仕方のない事だった。
 そう思ってもジークヴァルトの体が心配だ。うっすらとできた目の下のくまをなぞりながら、リーゼロッテは伺うように声をかけた。

「あまりお眠りになっていないのでしょう? わたくしとの時間はお昼寝にあててくださって構いませんわ」
「必要ない。眠かったらお前は眠るといい」
「わたくしは十分すぎるくらい眠っております。それよりもヴァルト様ですわ」
「オレは寝なくてもいられる体質だ。問題ない。心配するな」
「ですが……」

 髪を()き出したやさしい手つきに、リーゼロッテの方が本当に眠くなってくる。相変わらずジークヴァルトが自分を頼ることはない。そのことがやはりさみしく思えた。

(わたしももっとしっかりしないと……)

 王命よりも何よりも、ジークヴァルトの役に立ちたいのだとようやく気づく。どんと胸を貸せるくらいには、強い人間になりたかった。

 胸と思ってリーゼロッテは思わず顔を赤らめた。お風呂での異形の騒ぎがあって以来、日常で突然羞恥(しゅうち)がぶり返す。

 あのおしりもろ出し事件では、ジークヴァルトに鼻で笑われただけだった。いくらその手のことに興味が薄いとはいえ、あの反応はあんまりだろう。
 濡れて張り付いたガウンのせいで、小胸に戻ったのがバレてしまったのか。順調に体力は戻ってきているものの、体型は未だ寸胴(ずんどう)と呼ぶに相応(ふさわ)しい。

 その後、顔を合わせても、ジークヴァルトは変わらず平然としたままだ。それが悔しいやら悲しいやらで、何ともやるせない日々を送っているリーゼロッテだ。
 だがジークヴァルトに逆恨(さかうら)みをしても仕方がない。思いの通じ合った相手に、興味すら持たれない体がひたすら恨めしく思えてならなかった。

(バストアップも再開しなくちゃだわ……)

 涙目でそんなことを思う。しかし長旅を前に体力作りを優先させなくてはならなくて、豊胸エクササイズは二の次になっていた。

「どうした? 何か心配事か?」
「い、いいえ、なんでもございません」

 ばいん! とせり出した胸を突きつけて、いつか目にもの見せてやる。余裕の表情のジークヴァルトを前に、そんな決意を固めたのだった。

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