森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
 両親の小声のやり取りに、リーゼロッテは憧れのまなざしを向けた。ふたりの信頼し合った関係は、理想の夫婦そのものだ。

「エラ、すまないが、そこのところはクリスタと共に頼んだよ」
「お任せください、旦那様。出発前はもとより、お戻りになられた後のことは、このエラが全力でお力にならせていただきます」
「エラがそばにいてくれたら、これから先もずっと安心ね。ね、あなた」
「ああ。だがこんな時、父親にできることはほとんどないものだな。そう思うと少し寂しいよ」

 切なげにため息をついたフーゴに、リーゼロッテは安心させるように力強く頷いた。

「お義父様、心配はご無用ですわ。わたくし道中は、ダーミッシュ伯爵家の名に恥じない振る舞いをしてまいりますから」
「そうですよ、父上。義姉上は誰よりも立派な淑女ではないですか」
「いや、わたしはそんな心配をしているわけではないんだが……」
「あなた」

 クリスタの目配せに、フーゴは何か言いたげなまま口をつぐんだ。
 話を弾ませているルカとリーゼロッテを横目に、クリスタがフーゴに耳打ちをする。

「いいからわたくしに任せて」
「だがリーゼはこの旅を何か勘違いしてないか?」

 王家からジークヴァルトとの婚姻の(めい)が言い渡された。今回の旅の目的はふたりが夫婦となる許可を、シネヴァの森の巫女に貰ってくるというものだ。しかし当のリーゼロッテは王命で神事を務めるだけの気でいるように見える。

「それを含めて任せてちょうだい」
「そうは言ってもだな……」

 いつか来るとは分かっていたが、可愛い娘がいよいよお嫁に行ってしまうのだ。
 しかも(いにしえ)の作法に(のっと)って、最果ての地で婚姻の神事を行うとの通達に驚いた。今やそんな古くさい段取りを取る貴族などそうそういない。嫁ぐ先は歴史ある公爵家だと納得するも、リーゼロッテが花嫁となる瞬間を、この目で見られないのが残念でならなかった。

「とにかく行った先でリーゼがショックを受けないよう、やんわりと伝えてくれるかい? 着いていきなりだと可哀想だ。ああ、それにジークヴァルト様は儀式が終わるまで我慢してくださるだろうか……万が一道中で可愛いリーゼが襲われたりでもしたら……」
「あなたと違ってジークヴァルト様は誠実な方だもの。そんな心配はいらないわ」

 クリスタに冷たく言われ、フーゴはバツの悪そうな顔をした。
 フーゴは婚約中に我慢できなくて、無垢なクリスタに手を出してしまった口だ。野獣のように押し倒し、事が済んだ後に盛大に怯えられて、その後しばらくはろくに顔も合わせて貰えなかった。夫婦となる日まで毎日花を贈り続け、ようやくクリスタに許して貰えたフーゴだった。

「あの時は本当にすまなかった……クリスタのことが愛おしすぎて……」

 リーゼロッテにはそんな怖い思いをさせまいと、フーゴはジークヴァルトと「婚前交渉、ダメ絶対契約」を結んだのだ。
 とは言え、契約はすぐに破られるだろう。リーゼロッテを公爵家に預けることになった時、フーゴは半ばそう諦めた。だがジークヴァルトは誠意を持って今までよく耐えてくれた。そんな彼なら大事な娘を安心して託せると言うものだ。

< 64 / 167 >

この作品をシェア

pagetop