森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
「問題ない、お前は軽い」
「そうは言っても、長時間ではおつらくもなるでしょう? この馬車は揺れませんし、わたくしひとりで座れます」
「これはフーゲンベルク製だからな。当然だ」
「そういえば公爵領では家具や馬具なども王家に献上しているのでしたわね」
「ああ」

 リーゼロッテの髪をひとなですると、ジークヴァルトは再び書類に集中してしまった。膝から下ろす気はさらさらなさそうだ。
 仕方ないと息をついたところで馬車はゆっくりと停車した。かと思うと、声がけと共に扉が開かれる。

「本日はこちらでご宿泊を」
「えっ!?」

 フーゲンベルク領を出て、まだ小一時間といったところだ。王都に入ってすぐの辺りで降ろされて、リーゼロッテはぽかんと目の前の建物を見上げた。ここは王都にタウンハウスを持たない者が利用する、貴族御用達の高級旅館だ。

 人々のざわめきに我に返る。
 豪華絢爛(けんらん)な王家の馬車。周りを固める大勢の護衛騎士たち。身なりを整えたジークヴァルト。その腕に抱えられた自分。

 国の神事のための物々しい行列に、王都に住む者たちが興味津々で覗き込んでいる。周囲には人だかりができていて、ことさらリーゼロッテが注目の的になっていた。

「あの可愛いお貴族様……もしや去年の秋に噂になった……」
「ああ、きっとあれが魔王に(かどわ)かされた姫君だ……」
「いまだ(とら)われていたんだ、可哀想に……」
「悪魔に(さら)われた妖精……都市伝説だと思ってた……」
「でも魔王まで王家の馬車に乗ってたぞ……?」

 会話の切れ端が耳に届くが、言っている意味が分からない。

「あのヴァルト様、恥ずかしいので自分の足で歩かせてくださいませ」
「却下だ」

 口をへの字に曲げると、リーゼロッテの顔を隠すように抱え直してくる。肩越しに振り返り、背後のギャラリーをジークヴァルトは眼光鋭く威圧した。
 直接目があった者たちの口から悲鳴が漏れる。ざわつく人だかりは一瞬で静まり返った。

「行くぞ」
「もう、わたくし歩けますのに」

 そんな会話を残して、ふたりは建物の中に消えていく。

 王家の馬車に乗った可憐な姫君が、国中を魔王に連れ回されている。その目撃情報は、今後各所で増えていくこととなる。
 尾ひれがついてあることないことが、庶民の間で伝説のように語り継がれていくのであった。

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