森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
 結局、王都の旅館には三連泊することとなった。

(これなら出発を三日遅らせてもよかったんじゃ……)

 しかし次に向かう先を吉方位(きっぽうい)にするためとかで、とにかく三日はここに滞在する必要があるらしい。その間、リーゼロッテは部屋に閉じこもりきりで、ジークヴァルトの顔さえろくに見られなかった。

 ジークヴァルトは執務に専念しているようだ。公爵家から追加で書類が届けられて、一度マテアスまで顔を出していた。旅感が一気に失われるというものだ。

(せっかくの旅行なのに、食事も一緒に取れないなんて……)

 これも神事の決まりらしかった。唯一お茶の時間だけ共にできて、それ以外は世話係がそばに控えているだけだ。これでは屋敷にいる時とさほど変わらない。リーゼロッテは小さくため息をついた。

「どこかお加減がよろしくないのですか?」
「いえ、大丈夫よ」

 微笑んで居住まいを正す。
 王家が用意した世話係は、一切無駄口を開かない。伯爵令嬢として旅の恥はかき捨てられないので、浮かれ気分には無理やり(ふた)をした。マナー教師のご夫人直伝の淑女の作法を、今こそフル活用しなくては。

(アルブレヒツベルガー夫人……日本人の舌じゃカミカミになる名前だわ)

 子供のころの自分が覚えられなかったのも仕方がないだろう。脳内でロッテンマイヤーさんと勝手に呼んでいた理由が、今になってはっきり分かった。
 エラと練習をしてようやく発音できるようになったが、おさらいしておかないとまた可笑しなことになりそうだ。
 だが日中は世話係がじっとそばに控えている。ぶつぶつと呪文のように唱えることもできなくて、結局は脳内で反芻するしかないリーゼロッテだった。

(ストレッチもしたいけど、ひと目があってはそれもできないし……)

 唯一できそうな時間は夜の寝台の上だ。しかし緊張のせいもあってか、気づけばぐったり眠ってしまっていた。バストアップもずっとサボったままだ。

 旅が終わるまでは仕方がないかと、リーゼロッテは言い訳のように納得したのだった。

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