森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
 本格的に寝入った令嬢の髪を、しかし公爵は飽きもせず撫で続けている。耳に触れそうになった指が、慌てたように引っ込められる。それを繰り返している公爵の青い瞳は、静かなのに熱い火が灯っているように見えた。

(純愛……? もしかして純愛なの……?)

 眉間にしわを寄せる顔は、今も直視できないほどに恐ろしい。それなのに令嬢に対するまなざしに、好感度が爆上がりしてしまった。

(誰かに話してしまいたい)

 人を寄せ付けない魔王のような公爵は、婚約者をこれ以上なく溺愛している。こんなギャップがあるだろうか? この事実が広まれば、公爵の暗い噂も払拭(ふっしょく)されそうだ。途端に応援してあげたくなった。

(だめよ、だめだめ。口外厳禁!)

 盗み見がバレたのか、公爵がこちらをぎりりと(にら)んできた。隠すようにすぐさま令嬢を抱き直す。

(嫉妬? 公爵様、嫉妬なのね!?)

 女の自分にも婚約者の寝顔を見せたくないなど、どんだけ好きすぎるというのだろうか。興奮で荒くなる呼吸を、どうにかこうにかやり過ごす。

(ううう、誰かに話したいぃっ)

 ふと幼馴染の劇作家を思い出した。彼は常にアイデアに飢えている。事実でないように装って、ふたりのことを伝えてしまっても構わないのではなかろうか。


 そんなとある世話係の葛藤(かっとう)がきっかけで、魔王と(さら)われた令嬢の甘い物語が、王都の劇場で演じられることになる。巷のふたりの目撃情報も相まって、人気の演目として長きに渡り大流行するのであった。

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