森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
 日よけの帽子を目深(まぶか)にかぶり、抱き上げられたまま船のタラップを渡る。揺れに驚き首筋にしがみつくも、安定感ある足取りでジークヴァルトは船へと乗り込んだ。
 それにしても大きな川だ。(ゆる)やかな流れは湖のようにも思え、目を凝らしてようやく見える対岸に、やはり川なのだと納得する。

「この船は随分と立派なのですね」
「富裕層向けの客船だからな」

 船着き場は大勢の人でにぎわっていた。護衛騎士に守られて馬車を降りる様子は、いつものように好奇の目に(さら)された。船の乗客は身なりのいい者ばかりだったが、やはりここでも視線が刺さる。

「ヴァルト様、少しだけでも甲板(かんぱん)を歩かせていただけませんか? 船に乗るなどこの先もうないかもしれませんから」

 上目づかいで懇願する。難しい顔をしながらも、ジークヴァルトはゆっくりとその場に立たせてくれた。差し伸べられた手を取って、リーゼロッテははにかむ笑顔を真っすぐ向けた。
 目が合うとジークヴァルトの眉間のしわが深まった。周囲の異形が騒ぎだす気配がしたが、それもほんの一瞬のことだ。

(公爵家の呪いかと思ったけど……気のせいだった?)

 (たた)まれた()のロープだけが風になびく中、ジークヴァルトのエスコートに従った。夜会のような(すき)のないエスコートだ。周囲の視線を痛いほどに感じるが、歩かせてもらえるだけましだろう。下船まで抱き上げられたままでいたらと思うと、このくらいはへっちゃらだ。
 こちらをチラ見しながら、ひそひそと会話がなされていく。身なりからして裕福な平民なのだろう。

(社交界で噂にならなければ、まぁいっか)

 どうぞお好きなだけと思いながら、素知らぬ顔で移動した。

「歩かせるのは船が動き出すまでだ」
「分かりましたわ。わたくし、船の先に行ってみたいです」

 ふたりで甲板(かんぱん)を進む。今は新緑の季節だ。(つか)()の春を経て、雪を見ない短い季節がやってくる。吹き抜ける風が帽子の下の髪を(さら)っていって、リーゼロッテは(まぶ)しく青空を見上げた。
 大きな船はさほど揺れを感じない。床板を踏みしめ船首まで行くと、陽光を返す川の流れが眺めよくどこまでも見渡せた。

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