森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
「絶対にこの部屋からは出るなよ」
「はい、承知しておりますわ」

 いつものように(くぎ)を刺され、リーゼロッテはにっこりと笑顔を返した。最近は力の制御が上手くなり、いたずらに異形を引き寄せることもなくなった。それこそジークヴァルトの守り石がなくても平気なほどだ。

 それでもジークヴァルトはリーゼロッテに守り石を持たせ続けている。胸に揺れるペンダントだけでなく、身に纏う衣装にもふんだんに盛り込まれていた。リーゼロッテにしてみても、お守りのような存在だ。肌身離さず身に着けていないと、今では落ち着かなくて仕方がない。

 今後の旅路の打ち合わせがあるとかで、ジークヴァルトは部屋を後にした。しっかりと内鍵を掛け、リーゼロッテはひとり船室を見回していく。

「すっごい豪華……」

 船の中とは思えない。内装も品が良く、高級ホテルのスイートルームのような室内だ。
 冒険するように広い部屋を渡り歩いた。立派なソファが置かれた居間、窓辺には丸テーブルと二脚の椅子が、ツインのベッドルームにシャワールームまで完備されている。

 ひと通り見終わるとガラス戸を押し開け、リラックスチェアが置かれたバルコニーへと出た。高い位置からの眺望(ちょうぼう)に、この部屋が最上クラスだということが見て取れる。

 船員たちのかけ声と共に、(いかり)を上げる鎖の音が空を渡る。いつの間にか張られた帆が、吹きゆく風に大きく膨らんだ。
 気づかないくらいにゆっくりと、船は動き出していた。見送りの歓声に離岸したことを知る。
 帆向きが変えられ、船は速度を増していく。対岸の景色がゆっくりと移動していくが、見下ろす川のしぶきはこの船の速さを物語っていた。

「綺麗……」

 流れる景色を飽きもせずに眺めた。眩しい太陽が少し暑いくらいに照りつけるが、吹く風がそれを忘れさせてくれる。雲ひとつない空を見上げ、リーゼロッテは思い切り息を吸いこんだ。

「マルグリット……っ!」

 緊迫した呼び声とともに、何者かが隣室のバルコニーの手すりを乗り越えてきた。突然のことに声を上げる暇もなく、振り向きざま荒くかき(いだ)かれる。

 後頭部を押さえられ、リーゼロッテは男と至近距離で見つめ合った。銀髪の、つり気味の(きん)の瞳が冷たい印象の男だ。性急な動きで(あご)をつかみ、男はリーゼロッテの唇を奪おうとした。

「わ、駄目ですって! その人はイグナーツ様のご息女ですよっ!!」

 慌てたカイの声がする。痛いくらいに自分を抱きしめる男を、カイは後ろから羽交(はが)()めにした。

「ロッテ……リーゼロッテなのか……?」

 目を見開いたまま、男がかすれた声で言う。直後その瞳から、滂沱(ぼうだ)の涙があふれ出た。一見クールそうに見える精悍(せいかん)な男が、すぐ目の前で号泣している。


 大の男が泣く姿など今まで見たことがなかったリーゼロッテは、身を固くしたまま、ただ呆然と立ち尽くした。

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