野いちご源氏物語 四二 匂兵部卿(におうひょうぶきょう)
若君(わかぎみ)は実は源氏(げんじ)(きみ)のお子ではいらっしゃらない。
厳重(げんじゅう)に秘密にしておかれたけれど、若君は幼いころに、少しだけ噂話(うわさばなし)でお聞きになっていた。
かといって誰かに問いただせる話ではないの。
母宮(ははみや)には私が知っていることを絶対に気づかれたくない。本当の父君(ちちぎみ)は別にいるというような話だったが、ではいったいどなたが父君なのだろう>
ただお悩みになる。
「私は何者なのか、どこから来たのか、まったく分からなくて(ちゅう)に浮いているような気がする」
独り言をおっしゃっても、お答えする人はいない。

<このまま生きていってよいのだろうか。母宮がご出家(しゅっけ)なさったのは私を生んですぐだという。(おんな)(ざか)りにわざわざ尼姿(あますがた)になってしまわれたのは、よほどのご事情があってのことだろう。女房(にょうぼう)などのなかには知っている者もいるだろうが、隠さなければいけないような事情だから、私には何も教えないのだ>
推測(すいそく)なさる。

<母宮は一日中お(きょう)を読んでおられるようだが、女性のゆるゆるとした修行ではたいした効果はないだろう。ただでさえ女性は成仏(じょうぶつ)が難しいというから、私が修行のお手伝いをして、あの世ではお幸せになっていただきたい。
私の本当の父君のことを、噂話ではすでにお亡くなりになっているように言っていた。これほどの(つみ)(おか)してしまわれたなら、今も成仏できずにいらっしゃるのではないか。早く私もあの世へ旅立って、来世(らいせ)こそお会いしたい>

晴れがましいご元服(げんぷく)儀式(ぎしき)などは面倒に思われる。
でも上皇(じょうこう)様が特別にご用意させておられるのに、お断りできるはずもない。
世間からまばゆいほど華やかにもてはやされても居心地(いごこち)が悪く、(しず)んだお顔をなさっている。
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