【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
 ライザが一人暮らしをしている部屋は、貴族令嬢が暮らしているとは思えないほどに質素で小ぢんまりとしていた。イグナートも貴族社会に身を置いているので、ライザが両親とうまくいっていないのは耳にしたことがあった。夜会でライザの姿を見たことがないし、アントノーヴァ伯爵は後妻との間に生まれた息子の話しかしない。

 きっと寂しい思いをしてきただろうに、ライザは今の生活が気楽で気に入っているからと明るく笑う。その強さを眩しく思いながら、イグナートは彼女への想いを更に強くした。

 ワンルームの部屋は綺麗に片付いているものの、窓際に置かれたベッドが嫌でも目に入る。つい邪なことを考えてしまう自分の腿を強く抓って、イグナートは冷静になろうと努力していた。

「ふふ、嬉しいな。この部屋にお客様を招いたのは、初めてなんです。狭いけど、居心地よくなるよう整えたんですよ」

「あ……あぁ、素敵な部屋だ」

「このソファも買ってよかったです。誰かと一緒に座れる日が来るなんて、夢みたい」

 そう言ってライザはイグナートの隣にすとんと腰を下ろした。二人掛けのソファだが、あまり大きくないので並んで座るとお互いの膝が触れそうだ。癒し手の制服であるグレーのワンピースの裾からのぞく華奢な足に、イグナートはごくりと唾を飲み込む。

 思わず、イグナートはライザの手を握っていた。きょとんとした様子で首をかしげる彼女は、今にもあふれそうなイグナートの気持ちに気づいていないのだろう。

「――好きだ」

 想いをどう伝えればいいのか分からなくて、結局口にできたのはシンプルな言葉。ライザは目を瞬いて、それからふわりと笑った。

「突然ですね」

「ずっと……ずっと好きだったんだ。きみに治療をしてもらったあの日から、忘れられなかった。真剣な表情で仕事に向きあうライザがすごく綺麗だと思ったし、傷が塞がってホッとした時の笑顔が可愛くて……。どうか結婚を前提に、俺とつきあってくれないか」

 一気に告げて、イグナートは息を吐いた。これまでに経験したことがないほどに鼓動が激しくて、口から心臓が飛び出てきそうだ。どんな魔獣と対峙した時よりも、昇任試験の時よりも、緊張している。

 イグナートの言葉を受けて、ライザは少し考えるように視線を宙に向けた。そして再びイグナートに視線を戻すと、困ったような笑みを浮かべた。

「嬉しいです。だけど、私はアントノーヴァの家でいないものとして扱われています。だから、イグナート様に色々とご迷惑をおかけしてしまうと思うんです」

「そんなこと、関係ない。俺はアントノーヴァ伯爵令嬢とつきあいたいわけじゃなくて、ライザだから好きなんだ。ライザが俺のことを受け入れられないというのなら諦めるが、そうじゃないなら前向きに考えてくれないか」

 やんわりと断られたことに傷つきつつも、イグナートは必死に言葉を重ねた。生理的に無理な相手を家に招くことはしないだろうから、まだ希望はある。嫌われていないのなら、いつか好きになってもらえる日まで待つつもりだ。

 そんな決意を固めていると、ライザはイグナートの手に自らの手を重ねてきた。

「私も、好きですよ」

「……っ」

「すごく優しい人だなぁって思いました。自分にも他人にも厳しい騎士団長ってイメージだったから、少し驚いたけど……。でもイグナート様とお話しするの楽しいし、もっと一緒にいたいと思ったんです。だからこうしてお誘いしたんです」

「本当に……?」

 問い返す声が震えているのが情けないが、ライザは目を細めてうなずいた。

「でもやっぱり、親には知られたくないんです。もしも反対されたら、悲しいでしょう。だから……」

「ライザと一緒にいられるなら、つきあっていることを公にしなくたって構わない。ゆっくり時間をかけて、いつか結婚する時にはご両親に話せばいい。その時は、俺も一緒に行くから」

 やっぱりつきあえない、と言われるのが怖くて、イグナートはライザの言葉を封じるように声をあげた。その必死さが伝わったのか、ライザはやがて分かったとつぶやいたあと小さく笑った。
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