【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
「確かに、うちの愚息がしでかしたことに対する謝罪は必要だ。慰謝料は、しっかりと払わねばなるまい」

 援護すると言っていたはずだが、どういうことだろうと内心でライザが思っていると、伯爵はちらりとライザを見て片目をつぶってみせた。どうやら彼にも、何か策があるらしい。

 イグナートの父親であるリガロフ伯爵の発言に、ライザの父親は勢いづく。

「そちらの息子さんがうちの娘を傷つけたんだから、それなりの金額で誠意を見せてもらわないと困る。娘の人生を壊したんだ、はした金では納得できませんよ」

「ふむ。言葉での謝罪よりも、目に見えるお金で誠意を示せということですな。それはもちろん理解しておりますよ」

 リガロフ伯爵は、部屋の隅に控えていた執事を呼び寄せて金庫の鍵を持ってくるよう命じる。それを聞いてぎらりと目を輝かせる父親を見て、こんな人と血が繋がっていることにライザは絶望したくなる。

「あとで揉めることのないように、きちんと記録を残しておかねばならないな。ライザ嬢のご両親への慰謝料として支払う、と帳簿に記載しておこう」

 そこまで言ったところで、リガロフ伯爵はおやとつぶやいて首をかしげた。

「そういえば、イグナート。アントノーヴァ伯爵に肝心なことをお話しするのを忘れていないか?」

「え? あぁ、そうでした。うっかりしていました」

 わざとらしい仕草で今思い出したと言いながら、イグナートがぽんと両手を叩く。そして、にこやかな表情でライザの肩を抱いた。

「ライザはもう、あなたがたの娘ではないんですよ」

「は……?」

「何を言ってるの?」

 どういうことだと怪訝な顔になる二人に、イグナートは更に笑みを深めた。

「彼女の名前は、ライザ・メーレフ。すでにアントノーヴァ家とはなんの関係もないんですよ。一応、婚約のご報告だけはしておこうと今回お呼びしただけで」

「メーレフ……?」

 戸惑ったようにつぶやいた父親は、すぐにその家名が示す相手に思い当たったらしい。大きく息をのんで目を見開いた。

「な……っ、どうしてライザが公爵家を名乗ってる?」

「メーレフ公爵は、王立医療院の名誉院長ですからね。癒し手として働くライザに目をかけていたんですよ。そのうちアントノーヴァ家での扱いを知った公爵が、それならばと養子縁組を申し出て、三年ほど前から彼女はメーレフを名乗っています。念のためライザの名前でご報告の手紙を送りましたが、アントノーヴァ家ではライザからの手紙は受け取る必要などないと言われていたそうですから、きっと処分されてしまったのでしょう」

 すらすらと話すイグナートの声を聞いていると、嘘が本当のことに思えてくる。

 ライザがメーレフ家の養子になったのはつい先日のことだが、それを両親が知るはずもない。

 家を出てから、アントノーヴァ家でライザの存在は抹消されており、手紙すら取り次いでもらえないことは分かっていた。きっと、両親は届いてもいない手紙を処分してしまったと思っているだろう。ライザが手紙を出したことなんて、一度もないのだけど。

「あぁそうだ。ライザが身籠ったのはメーレフ家の養子になってからのことだ。ということは、慰謝料を払うべき相手はそちらではなく、メーレフ公爵――ということになりますね」

「なっ……」

 先程ちらつかせた慰謝料をあっさりと取り上げられて、両親の顔は赤くなったり青くなったりする。

「そんな、嘘だ、養子だなんて」

「し……信じないわ。だって、ライザはうちの子よ。アントノーヴァ家のために役立つ機会がようやく来たっていうのに」

 混乱したようにぶつぶつとつぶやく二人を見て、イグナートは軽くテーブルを拳で叩いた。

「今更、家族面しないでいただきたい。これまで十年以上もの間、あなた方がライザをどのように扱ってきたか、それを知らないとでも?」

「そ、それは」

「邪魔な前妻の娘がようやく家を出て行って、せいせいした――夫人がそう言っているのを、多くの者が耳にしています。伯爵も、跡継ぎになれない娘なんて必要ないと、事あるごとに言っていましたよね」

「そんなの……そんなの知らないわ。生まれ育った家を簡単に捨てるような娘の方が、酷いに決まってる。親を捨てるなんてどういうつもりなの、ライザ! あんたが男爵の専属癒し手になったら、うちに援助をしてもらう約束だったのに! このままお金がなくなったら、わたしたちはおしまいなのよ!」

 金切り声をあげて、義母はライザに掴みかかろうとする。すぐさまイグナートが止めに入ったが、髪を振り乱してライザをにらみつけている。

「おまえは実の親を捨てるのか、ライザ。グラシムはまだ成人もしていないんだぞ。幼い弟が路頭に迷うのを見て、心が痛まないのか?」

「ライザ、耳を貸さなくていい」

 縋るように見つめてくる父親の言葉を、イグナートが鋭く遮る。ライザは息苦しい胸を押さえて、深く息を吐いた。手はぶるぶると震えているし、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。だが、絶対に泣くまいと唇を噛む。
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