幼なじみは狐の子。〜幼なじみと転校生の溺愛〜
8終わらない物語
午後の喫茶店。
「君が気に入ったらまた連れて来るよ。」
居心地の良い二人席には月の形の照明が灯っている。
2階のこの店のお洒落な小さい窓から、下道を人が行き交うのが見える。
学校帰り、恋は美風と一緒に小さなテーブルについてアイスティーを飲んでいた。
「僕の隠れ家。引っ越してきてから見つけたんだ。ちょっと良いでしょ?」
「カフェってなんか大人になった気がする。」
「そう?。前から来る。僕はそんな事はないけど。」
「2人でお茶飲んでると、ちょっと不思議な気分になる。」
恋は物珍し気に照明を見上げた。
店内には小さな音で音楽が掛かっている。
「さっき言ってた事だけど、僕キミと上野が万一付き合いだしたら黙ってないからね。」
アイスティーを一口飲んだ美風が、口を開いて言った。
「どういう意味で?」
「だって新田さんは僕のだもん。幼なじみを振りかざして、上野が言ってくるから腹立つ。」
「樋山くん、そういう事普通に言うのって変だよ。」
「何が?。本当の事を言ってるだけじゃない。」
美風は済まし顔で、銀のスプーンで氷をかき混ぜた。
美風は色々な場所に恋を連れていきたがった。
自宅や、自分のピアノのレッスンに恋を同伴しようとすることもあれは、今日の様にお洒落な喫茶店に、恋を誘って行くこともあった。
「思うに一番好きな人って、滅多に変わらないから、手に入るまで、譲っちゃいけないんだ。」
「もし一番好きなものがいつでも手に入るとしたら楽しくない?」
「話を逸らさないで。まったくもう。いっつもそういう風に、僕の好意を受け流すんだから。」
美風は恋を叱る時の調子でそう言って、コップをテーブルに戻した。
恋はこの店のアイスティーを、今まで飲んだ中で一番大人の味かもしれない、と思っていた。
「新田さん、僕が一生譲らなかったら、僕のものになってくれる?」
美風が聞いた。
「僕のものって……」
「その言い方がそのまま。恋人はお互いがお互いのものだよ。どうせ幼なじみだからって言って上野に流れようとするんじゃないかって心配。それか二股か。言っとくけど、新田さんのしようとしてるズルなんて全部お見通しだからね。」
「……」
頬杖をついた美風が言った。
「僕の大好きな人は、僕を多分二番目に好きだ。でも僕は好きな人の二番目じゃ我慢できない。一番じゃなきゃ。」
「……」
「僕には好きな人を幸せにできる自信があるし、その義務もある。一生可愛がって楽しく生活する知恵もある。」
「……うーん」
「何が言いたいかっていうとね、」
恋が唸ると、美風は顔をあげてにこ、と笑った。
「キミは一生僕から逃げられない、って事だよ」
そんなのは当たり前の事、とばかりに、済まし顔でアイスティーに口を付けた美風に、恋なすすべがなく、そっと目を逸らすと、足元に窓枠が明るい影を作っている。