30歳、年下わんこに愛されています
 バーを出ると、夜風が頬を撫でた。

 街はすでに静まり返り、遠くで信号の点滅が淡く光っていた。

 「送ります」

 光が自然にそう言って、私の隣に並んだ。
 その歩幅はゆっくりで、まるで私の心の速度に合わせてくれているようだった。

 言葉は少なかった。
 でも、その沈黙が不思議と心地よかった。

 角を曲がったとき、ふと足を止める。

 「……え?」
 見上げたアパートの外観に、光も小さく目を丸くした。

 「ここ、俺のアパートなんですけど」
 「……うそ」
 まさかの偶然に、思わず笑ってしまう。
 その笑いに、少しだけ張りつめていた胸の糸が緩んだ。

 光は、少し照れくさそうに髪をかき上げて言った。

 「俺の部屋で……飲み直しませんか?」

 いつもなら、絶対に断っていた。

 どんなに優しくされても、心のどこかにはいつも“朔”がいたから、誰に何を言われてもなびくことはなかった。

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