30歳、年下わんこに愛されています

 仕事も終わり、もう辺りは暗くなっていた。
 今日が終わる。
 今日しかない私の誕生日が終わる。

 信号待ちをしていると、ふと視界の端に見覚えのある後ろ姿が映った。
 背の高い、お洒落な格好の男性。

 ……朔、だ。

 心臓が、ひとつ大きく跳ねた。
 思わず足が止まる。
 通りの向こうで、彼は笑っていた。
 あの、私だけが知っていると思っていた笑顔で。

 「……朔」

 小さく呟いた声は、誰にも届かずに消えた。

 それでも気づいてほしくて、私を見て欲しくて、名を呼ぼうと息を吸ったその瞬間。

 彼は、少し後ろを歩く女性に手を伸ばした。
 その手が自然に重なり、二人の指が絡む。

 柔らかく笑う朔の横顔。

 その女性のお腹が、大きく膨らんでいることに気づいた時、世界の色が消え、音をも失ったように感じた。

 風の音も、人の声も、ぜんぶ遠くなる。

 信じていた言葉も、待ち続けた七年も、一瞬で、砂のように指の隙間からこぼれ落ちていった。
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