30歳、年下わんこに愛されています
 夜の街を、あてもなく歩いた。
 人の笑い声が遠くで響いている。

 どこかに紛れ込みたくて、足の向くまま進んだ先に、小さなバーの灯りが見えた。

 昔、朔と来たことのある店だった。
 でも今日は、彼の隣じゃない。

 一人で扉を押す。
 鈍い音とともに、ほの暗い空気が体を包んだ。

 「いらっしゃいませ」

 低く穏やかなマスターの声。

 私はカウンターの端に腰を下ろした。
 グラスが磨かれる音と、氷が鳴る音だけが心地いい。

 「何になさいますか?」

 ――いつもなら、可愛く見えるカクテルを頼んでいた。
 朔の前では、甘くて、軽くて、色のきれいなものばかり。
 でも今はもう、そんなふうに取り繕う必要はない。

 「……梅酒、ロックで」

 自分の声が、少し震えた。
 マスターが静かにうなずき、グラスの中に氷を落とす。
 澄んだ音が響いて、心の奥まで透き通るようだった。

 グラスの縁に口をつけると、甘さのあとに、ゆるやかな苦味が広がった。

 それはどこか、私の恋に似ていた。

 ただ、静かに終わりを受け入れるしかなかった。
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