社内では秘密ですけど、旦那様の溺愛が止まりません!
夕方、定時を少しすぎた頃に外回りから神谷くんが戻ってきた。

「お疲れ様です」

「あぁ、ありがと。いやぁ、なんだか取引先に振り回されてヘトヘトだよ」

そうは言っても人あたりのいい彼のことだから、うまく話をまとめてきたに違いない。

「あれ? 渡辺さん何かあった? この前までと少し顔つきが変わったよ。スッキリしているっていうか」

「え?」

「なんて言ったらいいのかわからないけど、吹っ切れた感じがあるっていうか。表情が柔らかくなってるし、いいことあった?」

一瞬ドキッとして、ペンを持ったまま思わず固まってしまう。どうしてこう神谷くんは鋭いのだろうか。

「えっと……、久しぶりによく寝たなぁって感じ?」

「それでそこまで変わるって、子供みたいだな」

クククッと笑う神谷くんに私も笑って誤魔化す。彼はその後何気ない調子で、

「そんなに寝たなら久しぶりに飲みに行くか?」

その言葉にまた心臓が飛び跳ねた。彼の表情はいつもの冗談混じりだが、その奥にはほんの少しだけ本音の影が見えた気がして、以前言われた言葉が思い出された。俺は俺で攻めるから、と言われた彼の視線と同じものを感じた。

「ごめん、今日はちょっと……」

「そっか、また誘うよ」

彼は私の少し困ったような表情を見てすぐに引き下がってくれる。人の機微を感じて立ち回れるところが彼のすごいところだと思う。神谷くんはふっと笑うと「じゃ、またな」というと私の席から離れた。
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