アーサ王子の君影草 下巻 ~約束の箱庭にて、再び~
(優しさは変わっていない。変わったのは……僕の立ち位置か)

 決して拒まれた訳ではない。それでも踏み込まれなかった。一人の大人として扱われた。守られる側から、責任を負う側に移された。
 そう無意識に理解した。それが、寂しい。

(……寂しい?)

 自身の感情に乾いた笑いが漏れた。

「ははっ…こんな田舎の国で……己の安寧を求めるなんて馬鹿げてる」

 万理が今何処で何をしているのかすら解らない。
 ただ生きている、それだけは本能的に解る。
 何度と無く共に苦労してきた双子故の絆───

「僕と万理は一緒に居なきゃ駄目なんだ……」

 細く瞳を開けると視界が僅かに歪む。
 脳裏には幼い頃の遠い足音。布が擦れる音。
 
(……また、か。思い出したくないのに)

 顬の奥が鈍く脈を打つ。
 痛みというより、何かが内側から押し出されてくる感覚だった。


 ───産まれてからただの一度も、両親に名前を呼ばれた事がない。
 父の声も、母の声も。期待や叱責すらも。
 思い返しても、そこだけが空白のままだった。
 淡々とした命令はあっても、名を呼ばれた記憶だけが存在しない。
 代わりに浮かぶのは冷たい床の感触。大人たちの足音。会話の端に混じる、値踏みする様な視線。

 〝使えるか、使えないか〟

 そんな言葉を直接聞いた覚えはない。
 幼かったけれど自分達は、確かに理解していた。
 自分達が〝皇帝の子供〟ではなく〝道具〟として見られている事を。
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