アーサ王子の君影草 下巻 ~約束の箱庭にて、再び~
 あの日。
 記憶を無くし、血に濡れて倒れていた自分を、彼は拾った。疑いながらも追い出さず、守った。
 「わからないなら、わかるまで一緒にいよう」そう言って居場所をくれた。

(皮肉だ。利用していると分かっている。同時に、命の恩人だとも思っている)

 だから記憶が徐々に戻ってきている事を言えなかった。自分がルゥアンダ帝国の皇子だという真実も。言えば、すべてが変わる。この場所も、この距離も〝守られている自分〟という立場も。
 今日の議場で、ほぼ見抜かれた。それも分かっている。それでもまだ公にしたくない。
 最後にライオネルと約束した。
 せめて、最後くらいは他人の口から暴かれるのではなく、自分の言葉で皆に話すと。その時までは、大人しくしていよう。
 鈴蘭の傍で。ラインアーサの視界の中で。
 監視と、隠蔽と、ほんの僅かな罪悪感を抱えながら。

「ふ……偽るのは得意なんでね」

 それでも、あの二人を見ているとよく分からなくなってしまう。今まで、万理の事だけ考えていればこんな感情は生まれてこなかった。
 何かが釈然としない。心の片隅がちくりと痛むと同時に、ラインアーサと鈴蘭が「互いに選び合う姿」を無性に壊したい衝動が湧き上がってくる。
 違う。壊したい訳ではない。ただ、奪われる側でいるのがもう耐えられないだけだ。

 窓の外はいつの間にか夕闇が迫ってきていた。
 先程まで美しく眩しい西陽に照らされ、寝台に落ちていた影が周りの薄暗い空気と同化していく。

「暗闇は嫌いだ……」

 闇が滲み込む前に、ハリは寝室にある照明すべてに(あか)りをともした。
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