野いちご源氏物語 四三 紅梅(こうばい)
若君(わかぎみ)内裏(だいり)に上がると、匂宮(におうのみや)様はちょうど明石(あかし)中宮(ちゅうぐう)様のお部屋からお下がりになるところだった。
貴族たちがたくさんお見送りしているなかで、めざとく若君をお見つけになる。
「昨日はずいぶん早くに帰ってしまったではないか。いつの間に戻っていたのだ」
「昨日ゆっくりお(つか)えできなかったことが(くや)しくて、たった今、急いで参ったところでございます。まだ内裏にいらっしゃると(うかが)いましたので、お目にかかれるかと」
子どもらしい甘えた口調(くちょう)で申し上げる。

「内裏でなくともよいのだよ。二条(にじょう)(いん)にもたまには遊びにおいで。あちらは私の屋敷だから内裏よりもずっと気楽で、若者がたくさん集まって楽しく遊んでいるよ」
あれこれお話しなさるので、貴族たちは遠慮して下がっていった。
静かになったところで匂宮様は冗談をおっしゃる。
「近ごろは東宮(とうぐう)様からお()しがないようだな。あれほど気に入られていたのに、入内(じゅだい)なさったおまえの姉君(あねぎみ)にお気に入りの()(うば)われたらしいではないか」

若君はもじもじとお答えする。
「あまりにしょっちゅうお召しがありましたので、本当は困っていたのです。匂宮様にならどれだけお召しいただいてもうれしいのでございますけれど」
「おやおや、(とうと)い東宮様と違って、私なら気を(つか)わずにすむというわけか。(くや)しいがたしかにそのとおりだな。ところでおまえの家には、皇族の血を引いた姫君(ひめぎみ)がいらっしゃるそうだね。私と仲良くしてくださいませんかと、こっそりお伝えしてほしい」
(みや)御方(おんかた)は亡き兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)様の姫君だから、若君にとっては父親違いの姉ということになる。

紅梅(こうばい)大臣(だいじん)様は、宮の御方ではなくご自分の次女と匂宮様を結婚させたいと思っていらっしゃる。
若君はそれを知っているけれど、(だま)って(ちち)大臣(だいじん)様から預かったお手紙と紅梅の枝を差し上げた。
「こういう手紙はこちらから好意(こうい)を伝えたあとにもらいたいものだが」
匂宮様は苦笑なさってから、うっとりと紅梅をご覧になる。

色も香りも見事(みごと)なの。
「色がよい(ぶん)、香りでは白梅(はくばい)に負けると言われているが、おまえの家の紅梅はどちらも(すぐ)れているね」
(にお)いにこだわりをお持ちの宮様だから、これはよいとおほめになった。
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