この恋を実らせるために
翌日以降も早く帰りたい理由がなくなった私は時間外で営業先の報告書や頼まれた資料の作成をしていた。
そんな日々が続いたある日の終業後、その日も他の営業担当から頼まれている資料作成をしていると、橘さんが声をかけてきた。
「堀田。今忙しいか?」
橘さんは空いている隣の椅子に腰を下ろしてきた。
「まぁ、それなりにって感じですけど」
営業事務の子がやり残した契約書の作成をしていた私は手を止めて返事をした。
「こんな時間に残ってるから、まぁ忙しいとは思うんだけどさ」
仕事ではいつもはっきりと物事を伝えてくる橘さんらしくない態度に首を傾げてしまう。
「まぁ、それなりに、ですけど。何か急ぎの資料作成とかですか?」
新人の頃、橘さんに頼まれてよく資料を作っていたこともあり尋ねてみたら、私のことをジッと見ていた橘さんが口を開く。
「うん、まあ、資料作成もなんだけど……」
少し視線を斜めにずらした歯切れの悪い橘さんの様子に小首をかしげていると、次にはいつも通りの鋭い視線が向けられた。
「実は例の新規オープンの複合施設の件で堀田の力を借りたいんだ。受けてくれたら、たぶん残業が増えるとは思う。それでも引き受けてほしいんだ。答えは来週までで構わない」
橘さんらしいお願いに懐かしさを感じた。
「いいですよ。やります。というか、ぜひやらせてください」
この場で返事が来るとは考えていなかったのだろう。橘さんの目が見開いた。
「本当にいいのか? もっとじっくり考えてからでもいいんだが」
以前の私なら『考えさせてほしい』と即答を避けるであろう内容に二つ返事で了承したことに橘さんは目を丸くしている。
「はい。ぜひ、よろしくお願いします」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ部長には俺から話しておく。明日にでも正式に話がいくと思う。そうしたら3日後が打ち合わせになるから、早めにその仕事を片付けておけよ」
笑顔を見せた後、軽く手を挙げて颯爽とこの場から離れていく橘さんの足取りは軽そうに見えた。