この恋を実らせるために
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「よう、達也。ちょっと顔貸せよ」
時間外で仕事をしていた俺に声をかけてきたのは営業部の橘亮平だ。
「どうした? 急ぎの用事でもあるのか?」
「俺にとってはたいしたことではないんだが、お前にとってはいいニュースだと思ってね」
「いいニュースね。なんだろう」
亮平が親指を立ててクイッと廊下の方向を示す。パソコンからICカードを抜き亮平の後を追うと、近くの会議室へ入って行くので続いていく。
「うちの堀田をプロジェクトに入れてやったぞ」
「えっ? 堀田さんをメンバーにしたのか?」
「そうだ。感謝しろよ」
「感謝って、彼女は了承してるんだよな」
亮平は俺が忘れられなかった『ちはる』が堀田知春さんであることを知っている。
そして、俺がまだ『ちはる』に未練があることを知っていて、気を利かせたのだろう。でも、そこに彼女の意思はあるのだろうか。
「当然だろ。こんな重い仕事を無理矢理やらせる訳ないだろう」
思案顔の俺に対して亮平は当たり前だという顔をして答えた。
「そう。でも、彼女って余程のことがないと時間外勤務はしないよね?」
「それが、ここ1週間は毎日7時くらいまでいるんだよな。遅い時は9時近くまでいたことがあってさ。その日はさすがに駅まで一緒に帰ったよ」
「へぇ……」
「なぁ、これってチャンスじゃないか?」
「チャンスって?」
「俺の予想だと、あいつ彼氏と別れたな。少し前なんてかなり沈んでいたしな」
「あっ」
「なんだよ、あっ、って。何か気になることでもあったか?」
「少し前、沈んでたって言ったじゃない? いつだったか朝早くに出勤した日があって、あの時たぶん泣いてたような気がする」
「おう、そうすると俺の予想もまんざらではないかもな。同じプロジェクトで一緒に仕事してあいつの気持ちがお前に向くといいな」
「そんな簡単に亮平の思惑通りにはいかないと思うけどね」
「まぁ、少しずつ近づくんだろ。チャンスをあげたんだぜ。活かせよ」
俺を慰めてくれた『ちはる』のタオルは今は職場のロッカーにある。ずっと渡せなくて家に置いていたのだが、彼女が同じ会社で働くようになって渡すタイミングを見計らっている。