この恋を実らせるために
自分でも驚くほどの低い声で別れの言葉を告げた。
ドアノブに手をかけドアを開けると、外から蒸し暑い空気が流れ込んでくる。
「知春!」
呼び止められても振り返ったりはしなかった。
この場から早く離れたくて急いでエレベーターのボタンを押し、1階に着くとエントランスを駆け抜ける。
慌てたように名前を呼んできたけれど、追いかけても来ない。彼女でもない女性を部屋に連れてきているなんて彼のしていることは最低だ。しかも、あの様子では彼女が部屋に来たのは今日が初めてではないだろう。
どれほどショックを受けたと思っているのか。真っ白になった頭ではうまく答えは出せない。
マンションから離れても翔の腕に自身の腕を絡め、私に向けて勝ち誇ったように笑ったあの女の顔が頭に残っていた。
馬鹿みたい。馬鹿みたい。馬鹿みたい。
少しでも早く会いに行こうだなんて必死になって仕事を終わらせたのに、浮気されてたなんて……。
週末の出来事がフラッシュバックしてくると、さらに涙があふれてきて目元にあるタオルに染みていった。
しばらくタオルが離せずにいるとスマホが振動してハッとする。期待して画面を確認するが、それは期待していた翔からのメッセージではないことに落胆する。
「やり直そう……なんて、考えてもいないってことだよね……」
自分だけが結婚に向けて順調だと思っていたんだと思うと虚しくなった。
ザワザワと人の話し声が聞こえるようになり、慌てて冷めたコーヒーを飲み干してトイレに向かった。
濡らしたタオルで目元を冷やし、お化粧を軽く直した。
そうよ。家に居たってどうせ泣いて一日が終わってしまうんだから、仕事していた方が気も紛れるだろうし頑張らなきゃ。
ようやく気持ちを仕事に向けた私は自分の席に向かって歩いて行った。