この恋を実らせるために
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あれ、堀田さん?
俺はいつも通りに出勤し、いつも通りにコーヒーを飲もうと休憩コーナーに向かうと、今朝は珍しく窓際に座る人がいた。
今の時間は7時30分前、9時が始業時間である会社なのだから、普通に考えたらこの時間から出勤している社員はほぼいない。
あそこにいる人は堀田知春さん。彼女は俺の想い人。
彼女との出会いは俺がまだ大学生だったころからのことだから、かなり長い間になる。
堀田さんを職場で見つけた時はこの恋を実らせるチャンスだと思っていたのに、彼女には恋人がいると知り、想いを伝えることを諦めた。
少し外国の血が混ざっている俺の見た目は女性の目に留まりやすく、気がつけば学生時代は来るもの拒まずの軽い気持ちで寄ってくる女性と付き合っていた。
だが、その過去の女性たちを本当に好きになるということはなかった。そして、本気になれなかった俺の態度が気に入らない、と振られるのはいつも俺の方だった。
そう、本気の恋、なんてものが俺にはわからなかった。あの頃は別に知りたいとも思っていなかった。そんな俺が初めて恋に落ちたと感じたのは当時高校生だった知春だ。
「あの……これ……」
呆然と立ち尽くしていた俺の目の前にスマホを差し出した女の子は申し訳なさそうに声をかけてきた。
俺はあの当時付き合っていた子から思いっきり頬を叩かれ、振られた。急に叩かれた俺ははずみでカバンを落としてしまった。その時カバンからこぼれ落ちたスマホを拾ってくれたのが知春だ。
「ああ、ありがとう」
「それとこれもどうぞ。まだ、使っていないものなので、あそこの水道で濡らして頬を冷やすといいと思います。あと、これも」
その女の子は自分のカバンから水色のハンドタオルと絆創膏を取り出して俺に差し出す。
「いや、それは……」
何とも情けない所を見られたものだと困っていた俺は素直に受け取ることができずにいた。すると、彼女の友人が彼女を呼びこちらに向かって手を振っているのが見えた。
彼女は困惑している俺の手にタオルと絆創膏を握らせ「そのタオル、捨ててもらって構いませんので使ってください」と友人の方へ足を向けていった。
『ちはる』と呼ばれた彼女は友人と共に人ごみに消えていった。