可愛い子供に一生を捧げると決めたので、王子殿下との結婚はお受けできません。
②
「私が、アメリーの母親……?」
「あぁ、そうだ。アナスタジアはローレン伯爵家との婚約を破棄したわけではない。しかし子連れで結婚など、許されるはずはないじゃないか。その点、セレフィナ。お前はどうせ結婚もしないのだろう。ならば、アナスタジアの代わりにアメリーを育てるんだ。父親が誰なのかは隠し通す。分かったな」
父の一言で、なんとなくアメリーに接する私に寛大だった理由が分かった。きっと、出産を認めた時から姉が嫁ぐ前に、私に子供を押し付けようと考えていたのだろう。
もしかすると、アナスタジアとも密かに話がまとまっていたか……同じように企んでいたとも考えられた。だからアメリーと触れ合うのを笑って見ていたのは、いずれは姉の子ではなくなるからだ。
私がアメリーを溺愛するのは、アナスタジアにとっては好都合だったことだろう。
振り返ってみれば、最初はアメリーに付きっきりだった姉が、最近では私にアメリーを預け、不在にすることも多かった。
侍女同士の会話では、運動をしているとのことだった。
姉の結婚まで予定ではあと一年ほど。
完璧主義の姉なら、スタイルさえ元に戻すはずだ。
私は父の言うとおり、結婚したいとも子供を産みたいとも思っていなかった。
いきなり母になれと言われ驚いたものの、アメリーを育てられ、このモンフォール家で住む理由を与えられたのは僥倖なのかもしれない。
「お父様、そのお話、お受けいたします」
一礼をして返事をする。
父は特に安堵もせず、「断る権利などないわ」と言わんばかりの視線を送り「あぁ」とだけ返事をした。
その日から早速、アメリーが部屋を移されてきた。
スヤスヤと眠っている。何も知らずに母親と離されるなど、流石にアナスタジアもアメリーも可哀想だと思った。
「お姉様の結婚まで一年もあるのに、お父様もいきなり引き裂くような真似をしなくても……」
「仕方ありません。旦那様の言い付けですから」
「ですが、姉が悲しみますわ」
「……お言葉ですが……、特にそのような様子ではございませんでしたよ」
「え? それはどういう……」
「夜中に何度も起こされて辟易とされていたタイミングでしたので。やっと寝られると、むしろ喜んでおられました」
侍女は呆れているのを隠さない口調で言った。
「あの方に子育てなど、最初から無理があると思ってましたよ」
侍女は続けて言う。
姉は昔から好奇心旺盛だが、飽きるのも早かった。なんでも簡単にこなしてしまうがゆえ、手応えがないと話していたのを、何度か聞いたことがある。
けれどもアメリーは痛い思いをして産んだ子ではないのか。それに子育ては難しいはずだ。いくら姉であっても、成長する我が子を見るのは何よりも手応えを感じそうなものである。
しかし侍女は私の考えを否定する。
「子供よりも、ご自身の美貌の方が大切なお方ですよ」
起きて泣き出したアメリーをあやしながら言う。
「セレフィナ様がお育てになった方が、私どもも安心ですわ。旦那様には言えませんが」
侍女が笑顔を向けてくれたので、少しは肩の力が抜けた。
憧れの存在とはいえ、侍女は姉の奔放さを親よりも近くで見てきた。だからこそ、生後まもない子供の育児放棄も予想がついた。
その上で私なら安心だと言ってくれたのは、素直に嬉しかった。
両親はなんでもアナスタジアが一番の人だから、ちゃんと自分を見てくれている人がいたという真実に歓喜する。
「私はアメリーに自分の一生を捧げると誓いましたので! 絶対にこの子を守ってみせますわ!! セレスも、よろしくね」
「勿論ですよ、お嬢様」
恋愛に興味がないわけではない。アナスタジアの婚約者であるカリスト・ローレンは、実は私の初恋の相手である。
カリストは大人しい性格のセレフィナにも優しく接してくれる人だった。私が話すのが苦手だと知ると、気を遣ってゆっくりとした口調で穏やかに話してくれる人だった。
そんなカリストを好きになるのは極自然なことだった。
アナスタジアとの婚約が決まったことで諦めたが、当時から彼が密かに姉に恋心を抱いていたのも、なんとなく察していた。
誰も地味で本を読むことくらいしか趣味のない人を好きになるはずはない。
今回、こうしてアメリーの母になったことで、もう恋なんてしないと決意を固めることができた。
「これで、いいのよね。アメリー」
アメリーが賛同してくれるかのように、微笑んでくれた。
「あぁ、そうだ。アナスタジアはローレン伯爵家との婚約を破棄したわけではない。しかし子連れで結婚など、許されるはずはないじゃないか。その点、セレフィナ。お前はどうせ結婚もしないのだろう。ならば、アナスタジアの代わりにアメリーを育てるんだ。父親が誰なのかは隠し通す。分かったな」
父の一言で、なんとなくアメリーに接する私に寛大だった理由が分かった。きっと、出産を認めた時から姉が嫁ぐ前に、私に子供を押し付けようと考えていたのだろう。
もしかすると、アナスタジアとも密かに話がまとまっていたか……同じように企んでいたとも考えられた。だからアメリーと触れ合うのを笑って見ていたのは、いずれは姉の子ではなくなるからだ。
私がアメリーを溺愛するのは、アナスタジアにとっては好都合だったことだろう。
振り返ってみれば、最初はアメリーに付きっきりだった姉が、最近では私にアメリーを預け、不在にすることも多かった。
侍女同士の会話では、運動をしているとのことだった。
姉の結婚まで予定ではあと一年ほど。
完璧主義の姉なら、スタイルさえ元に戻すはずだ。
私は父の言うとおり、結婚したいとも子供を産みたいとも思っていなかった。
いきなり母になれと言われ驚いたものの、アメリーを育てられ、このモンフォール家で住む理由を与えられたのは僥倖なのかもしれない。
「お父様、そのお話、お受けいたします」
一礼をして返事をする。
父は特に安堵もせず、「断る権利などないわ」と言わんばかりの視線を送り「あぁ」とだけ返事をした。
その日から早速、アメリーが部屋を移されてきた。
スヤスヤと眠っている。何も知らずに母親と離されるなど、流石にアナスタジアもアメリーも可哀想だと思った。
「お姉様の結婚まで一年もあるのに、お父様もいきなり引き裂くような真似をしなくても……」
「仕方ありません。旦那様の言い付けですから」
「ですが、姉が悲しみますわ」
「……お言葉ですが……、特にそのような様子ではございませんでしたよ」
「え? それはどういう……」
「夜中に何度も起こされて辟易とされていたタイミングでしたので。やっと寝られると、むしろ喜んでおられました」
侍女は呆れているのを隠さない口調で言った。
「あの方に子育てなど、最初から無理があると思ってましたよ」
侍女は続けて言う。
姉は昔から好奇心旺盛だが、飽きるのも早かった。なんでも簡単にこなしてしまうがゆえ、手応えがないと話していたのを、何度か聞いたことがある。
けれどもアメリーは痛い思いをして産んだ子ではないのか。それに子育ては難しいはずだ。いくら姉であっても、成長する我が子を見るのは何よりも手応えを感じそうなものである。
しかし侍女は私の考えを否定する。
「子供よりも、ご自身の美貌の方が大切なお方ですよ」
起きて泣き出したアメリーをあやしながら言う。
「セレフィナ様がお育てになった方が、私どもも安心ですわ。旦那様には言えませんが」
侍女が笑顔を向けてくれたので、少しは肩の力が抜けた。
憧れの存在とはいえ、侍女は姉の奔放さを親よりも近くで見てきた。だからこそ、生後まもない子供の育児放棄も予想がついた。
その上で私なら安心だと言ってくれたのは、素直に嬉しかった。
両親はなんでもアナスタジアが一番の人だから、ちゃんと自分を見てくれている人がいたという真実に歓喜する。
「私はアメリーに自分の一生を捧げると誓いましたので! 絶対にこの子を守ってみせますわ!! セレスも、よろしくね」
「勿論ですよ、お嬢様」
恋愛に興味がないわけではない。アナスタジアの婚約者であるカリスト・ローレンは、実は私の初恋の相手である。
カリストは大人しい性格のセレフィナにも優しく接してくれる人だった。私が話すのが苦手だと知ると、気を遣ってゆっくりとした口調で穏やかに話してくれる人だった。
そんなカリストを好きになるのは極自然なことだった。
アナスタジアとの婚約が決まったことで諦めたが、当時から彼が密かに姉に恋心を抱いていたのも、なんとなく察していた。
誰も地味で本を読むことくらいしか趣味のない人を好きになるはずはない。
今回、こうしてアメリーの母になったことで、もう恋なんてしないと決意を固めることができた。
「これで、いいのよね。アメリー」
アメリーが賛同してくれるかのように、微笑んでくれた。