一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは
「そういうわけにはいかないって。食材も仕入れているわけだし。行こ。高級フレンチを経費で食べられる機会なんて滅多にないんだから、楽しもうよ」

 野添部長には悪いけれど、これはこのプロジェクトを担当した役得というやつだ。なんとしてでも食べたい。
 吉見さんは乗り気じゃなさそうだったけれど、私は畳みかけた。

「それに味を知れば、もっといい案が出るかもでしょ」

 瀟洒(しょうしゃ)な一軒家と見紛う店に入ると、黒のギャルソンエプロン姿が凛々しいスタッフに迎え入れられた。
 ドア一枚をとっても、シェ・ヒロセの世界観が詰まっている感じがする。
 場違いな感じにドキドキしながら、染みひとつないテーブルにつく。照明すら、キラキラして見える。
 スタッフの仕草も洗練されていて、五感のすべてで食を楽しんでほしいという気持ちが伝わってきた。
 とはいうものの、向かいにいるのは里緒じゃなく会社の同僚で。
 意識すると、別の意味で胃がぎゅっと痛み始めた。外で誰かと食べるときのお決まりと言っていいやつ。
 けれど、今日は残すわけにはいかない。
 どれだけ美味しくとも、おちょぼ口でいること。
 ワイン……じゃなくて水をたくさんのんで、お腹が鳴らないようにすること。
 頭の中で注意事項をおさらいし、気を引きしめる。とはいえ、元から量が決まっているコース料理なので、気は楽だ。
 グジェールと呼ばれるあたたかいアミューズから始まり、ホワイトアスパラガスの冷前菜、そら豆のまろやかなクリームスープと続く。
 自然と背筋がしゃんと伸びる。
 仕事ではなく、とっておきの服を着て、めいいっぱいおしゃれをして楽しみたくなるような。
 皮目をパリパリになるまで香ばしく焼きつけた甘鯛のポワレをいただくころには、体が地面から数センチ浮いているような気分だった。
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