副業家政婦の仕事に『元彼社長からの溺愛』は含まれていないはずなのに
 「ごめんなさい。土岐さん、私……」

 ちらりと壁に掛けてあった時計に視線を向ける。
 時刻は十六時をとうに過ぎていて、土岐さんも合点がいったのか、あぁ! と声を上げた。

「紬ちゃんのお迎えですよね? すみません、気付かなくて!」
「ちょ、土岐さん!」

 それは言っちゃダメ! と伝える前に、土岐さんがぽろっと娘の名前を言ってしまう。
 さすがの彼も、は……? と呆けた顔で私を見ていた。

「えっと、その……」
「娘さん……がいらっしゃるのですね」
「え、えぇ。まぁ……」
「でしたら、早くお迎えに行ってあげてください。きっと、娘さんも待っているでしょうから」
「すみません……」

(あぁ、バレてしまった……)

 顔面蒼白になりながらも、なんとか私物を纏めて会議室をあとにする。

 部屋を出るとき、彼の顔を見ることができなかった。
 だけど、

「絶対、問い詰められるだろうな……」

 明日、家政婦の仕事をしに、また彼の部屋へ訪れる予定である。
 そのときに、紬について聞かれてしまうだろう。
 いっそ、今から所長に連絡して担当を変わってもらって……と、馬鹿なことを考えてしまう。

「とにかく今は紬を迎えに行かないと」

 すぐに頭を切り替えた私は急いで帰り支度をすると、少しでも保育園に着けるよう、最寄り駅まで走った。
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