溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
やがて、思い切って聞いてみた。
「……これが、“あの味をきっかけに描いた絵”なんですか?」
一瞬、神城さんの瞳が揺れた。
けれどすぐに、やわらかく微笑む。
「……どうでしょうね」
曖昧な笑み。
それが“違う”という答えなのかもしれなかった。
「でも、この絵も、あの日の“おねーさん”がいなかったら、生まれていなかったと思います」
静かな声に、胸の奥がまた熱くなる。
「……そうなんですね」
「ええ、だから“おねーさん”には感謝してます」
彼はそう言って、視線をわたしに戻した。
「少し、外の空気を吸いませんか?ここは照明が強いから、長くいると疲れるんです」
「……はい」
気づけば、素直に頷いていた。
ガラスの扉を抜けると、外の風が頬を撫でた。
空はすっかり夕暮れに染まっていて、街のざわめきが少し遠く感じる。
神城さんはポケットに手を入れ、空を見上げた。
「僕の絵って、どこか“曖昧”って言われることが多いんです。でもそれでいいと思ってて。人の記憶や感情って、本当は全部、はっきりしてないものですから」
「……たしかに、そうかもしれません」