溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「真白さんの作るケーキも、そういう味がしたんですよ」
「え?」
「“優しいのに、どこか切ない”味。僕はそれを勝手に、“記憶の味”って呼んでるんです」
彼の言葉に、胸の奥が不意に揺れた。
何かを返そうとしたけれど、声にならなかった。
神城さんはそれ以上何も言わず、夕方の街を見つめたまま、静かに微笑んだ。
(……この人は、何を見ているんだろう)
その横顔を見つめながら、ふと、さっきの絵の“溶けていく光”が瞼の裏に浮かんだ。
まるで、まだ知らない何かへと――
ゆっくりと導かれているような気がした。
ギャラリーを出ると、夕暮れはすっかり群青に変わっていた。
街の灯りが一つ、また一つと点き始め、冷たい風が頬を撫でる。
神城さんは、わたしの少し前を歩きながら振り返った。
「駅、あっちですよね?途中までご一緒してもいいですか?」
「……ありがとうございます」
断る理由が見つからなかった。
ほんの数分の距離――それくらいなら大丈夫だろうと思った。