溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
胸の奥が、小さくざわつく。
彼は静かに近づくと、布の端をつまみ、ゆっくりと外した。
――光が、零れた。
そこに現れたのは、ケーキでも、食べ物でもなかった。
けれど、見た瞬間に“甘い香り”が記憶の奥から蘇るような、不思議な絵だった。
淡い光が幾重にも重なり、まるで空気そのものがきらめいている。
白と金、そして淡い桃色――けれど輪郭はどこにもない。
“味”ではなく、“余韻”を描いたような絵。
「……この作品は、僕が唯一“満足している”ものなんです」
神城さんの声は、どこか遠くを見ていた。
「これまで描いてきた絵も、いろんな人に褒められてきました。でも、自分が“納得できた”と思える絵は、この一枚だけなんです」
「あんなにお上手なのに……」
「でも、本当にこの絵だけなんです。自分の中で完璧だと思えた作品は。筆が勝手に動いて、気づいたら出来上がっていて……。あのとき食べた“あのケーキ”の味だけが、ずっと頭の中で光っていて……それが色になっただけなんです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が締めつけられる。
(……あのとき、わたしが作ったケーキ……?)