溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
胸の奥がざわついて、思わず深呼吸をする。
息を吸っても、どこか甘い匂いがした。
それは、アトリエに漂っていたコーヒーとマドレーヌの香り。
(……変だな)
今日は、久しぶりに人にお菓子を食べてもらえた。
そのはずなのに、嬉しさよりも、戸惑いの方が強い。
”あなたの味を知る人が増えるたびに、僕だけのものじゃなくなる”
あの言葉を思い出すたび、鼓動が速くなる。
あんなこと言われたら、困る。
けれど――完全に拒めなかった。
なぜだろう。
あの言葉の中に、少しだけ温もりが混ざっていたからかもしれない。
誰かに“必要とされる”という感覚を、久しぶりに思い出してしまった。
指先を見つめる。
ほんの少し、粉の匂いが残っている。
さっきまで、彼のために焼いたマドレーヌを包んでいた手。