溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
ボウルを持つと、手がかすかに震えた。
でも、それはもう“怖さ”じゃなく、“始まり”の震えだった。
まるで心の奥の小さな灯りが、再び火をともすように。
「真白ちゃん」
旦那さんの声が、背中からやわらかく届く。
「お菓子はな、正直だ。作る人の気持ちが、そのまま味になる。焦らなくていい。ゆっくりでいいから、“今の真白ちゃんの味”を探そう」
その言葉に、小さく息を吸った。
粉とバターの香りが、胸の奥まで染みていく。
――少しずつ、手の中にあの頃の温度が戻っていく気がした。
――店の閉店後。
厨房の奥には、甘い香りとオーブンの熱がまだ残っていた。
慣れない手つきで、生地を絞り袋に入れている。
額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「そうそう、力入れすぎずにな。生地は逃げようとするから、優しく押さえてやる」
旦那さんの穏やかな声。
その調子が心地よくて、わたしの口元にも自然と笑みが浮かんだ。