溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
「朝の香りが好きなんです。このお店の空気には、何か落ち着く匂いがありますから」
その穏やかな言葉に、芙美子さんもすぐ笑顔になる。
けれど、その“落ち着く匂い”が、たぶんわたしの作業から生まれているのだと思うと、どこか落ち着かない気持ちになった。
――午前の仕込みが終わるころ
厨房のガラス越しにふと目をやると、神城さんがスケッチブックを開いていた。
外のテーブルに腰を下ろし、真剣な眼差しで筆を走らせている。
その視線がふとこちらに向かうたび、胸の奥が少しざわついた。
(……見られている)
悪意も下心も感じない。
でも、まるで“ひとつひとつの動作”を記憶しようとしているような、そんな真剣さがあった。
――夕方。
店内が少しずつ静まり返っていくころ、神城さんはまたやって来る。
「こんばんは」
「今日は閉店後なんですね」
そう言っても、彼は静かに笑う。