溺れるほど甘い、でも狂った溺愛


午前の終わり、通りが少し賑わいを増したころ――

最初の客が立ち止まった。


「このケーキ、すごくいい香りですね」


年配の女性が笑顔で言う。

わたしは小さく会釈して答えた。


「ありがとうございます。今日のイベント限定の新作なんです」

 
女性が一口食べた瞬間、目を細めた。


「やさしい味……どこか懐かしいのに、ちゃんと新しい」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、静かに熱くなった。


(――届いた)

 
そのとき、ふと背後の空気が変わった気がした。

人混みの中に、見覚えのある姿が見える。


神城さん。


白いシャツに、ラフなジャケット。

手にはスケッチブックを持っている。


彼はブースの列の向こう側で立ち止まり、ゆっくりとこちらを見つめていた。

 
(……やっぱり、来てくれた)

 
視線が合う。

少し会釈すると、神城さんはふっと口元をゆるめ、ブースの前まで歩み寄ってきた。

< 84 / 182 >

この作品をシェア

pagetop