溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
午前の終わり、通りが少し賑わいを増したころ――
最初の客が立ち止まった。
「このケーキ、すごくいい香りですね」
年配の女性が笑顔で言う。
わたしは小さく会釈して答えた。
「ありがとうございます。今日のイベント限定の新作なんです」
女性が一口食べた瞬間、目を細めた。
「やさしい味……どこか懐かしいのに、ちゃんと新しい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、静かに熱くなった。
(――届いた)
そのとき、ふと背後の空気が変わった気がした。
人混みの中に、見覚えのある姿が見える。
神城さん。
白いシャツに、ラフなジャケット。
手にはスケッチブックを持っている。
彼はブースの列の向こう側で立ち止まり、ゆっくりとこちらを見つめていた。
(……やっぱり、来てくれた)
視線が合う。
少し会釈すると、神城さんはふっと口元をゆるめ、ブースの前まで歩み寄ってきた。