溺れるほど甘い、でも狂った溺愛
横断歩道の前で信号が赤に変わる。
立ち止まった瞬間、背後から声がした。
「ねぇ、そこのお姉さん。ちょっと道案内お願いできる?」
振り返ると、数人の若い男たちが笑っていた。
軽い冗談のような口調。けれど、その目つきに少しだけぞっとする。
「いや、あの――」
後ずさろうとしたそのとき。
「……真白」
聞き慣れない響きに、心臓が跳ねた。
その声の主が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
黒いコートの裾を揺らして――神城さん。
表情はいつものように穏やかだった。
けれど、目の奥にある光だけが違った。
「遅くなってごめん。待たせた?」
男たちが一瞬、動きを止める。
「え、知り合い?」
「彼氏です。彼女に何か御用ですか?」
神城さんの声は低く、静かで、刃物のように冷たかった。
男たちは顔を見合わせ、冗談めかして笑いながら背を向けた。
「いや、悪い悪い、行こうぜ」――その声が遠ざかっていく。
残された静けさの中で、わたしはようやく息を吸い込んだ。